えず変化するかたち










「いつまでついて来んだよ」
「さっき良いって言っただろ?」
「あれは女が見てたからだろうが!」
「良いじゃん、たまには」
「よくねぇ!」


校門を過ぎ、生徒の数がまばらになったところで、ハレルヤはライルの手を離す。
繋がっていた部分の熱が一気に冷やされて冷たかったが、この男からの温かさなどハレルヤはとっとと捨ててしまいたかった。

幸いにも、今日は日差しが強めでこの季節にしてはかなり暖かい。確かに風は冷たいが、慣れてしまえばたいしたことないはずだ。

ずんずん歩くハレルヤの後を、ライルはスタスタ歩いていく。ライルを撒くつもりで歩いているのに、その差は一向に開かない。
20センチくらいだろうか、とりあえずハレルヤは後ろを歩く男との身長差が悔しかった。話す時もいつでも上から見下ろされているような感覚が、ハレルヤは気に食わない。相手にもよるが、ライルは今まで会った中でも気に食わないヤツのかなり上位に食い込んでいるはずだ。

ハレルヤが脚を止めると、後ろからの足音も消える。ハレルヤが脚を進めれば、後ろの足音も動きだす。
なんだこれ、ストーキングかとイライラが最高潮になりかけたところで、ハレルヤの目に鮮やかな看板が目に入った。
突然口を開いたハレルヤに、ライルも彼女の視線の先を見る。


「あ」
「……ああ、アイスか。なんだ、食いたいのか?」
「別に」


そこは女子高生を中心に人気の有名なアイスクリームチェーンだ。少々値が張るものの、種類豊富なアイスクリームと可愛らしいデコレーションは、若い女の子達の心を掴んで離さないらしい。

ハレルヤも食べたくない、と言えば嘘になるかもしれないが、特別食べたかったわけでもない。ただアレルヤが、昨日から期間限定でこの店のアイスが安くなると言っていたのを思い出しただけだったのだが。


「すいません、この苺のアイス一つください」
「って、人の話聞けっての」


さっさと注文をしてしまったライルは若い女店員に笑顔を向けつつ今日は暖かくてどうだこうだと話しかけている。そしてハレルヤが財布を探している間に、"これどうぞ"などといつもより少し多く見えるアイスを受け取っていた。

こういう時、愛想と顔が良いやつは特だよな、とハレルヤは思う。別に羨ましがっているわけではない。断じて違う。
しかしアレルヤも結構オマケを付けられるタイプのようで、八百屋や肉屋などの買い物はアレルヤが行く時には決まって何かがついて来る。ハレルヤはもちろん、店員とは気まずくなるタイプだ。
必要以上に話す必要がないというのが、ハレルヤの持論だ。挨拶返事はさておき、無駄話や私語、世間話など、"話"という言葉が苦手なハレルヤにとって、初対面又はあまり知らない人間とマンツーマンで話すことは苦痛以外の何者でもない。むしろ、どうしてライルのようにペラペラ口が回るのか不思議で仕方ない。


「ハレルヤ?おーい、ハレルヤ」

気がつくと、店員以上の営業スマイルを浮かべたライルが、ハレルヤにカップを差し出していた。
彼の背後に見える店員からの羨ましそうな視線を完璧に流して、ハレルヤはライルを軽く睨む。


「ほら、アイス」
「…金払う」
「良いよ。何時ものお礼」


差し出されたカップのアイスを受け取るより前に、ハレルヤは握った右手を前に突き出した。ハレルヤの数え間違いがない限り、掌にはアイスの代金がキッカリあるはずだ。


「それとこれとは別だろ。ほら」
「ったく、こーゆー時は奢られとけ」
「理由なしに奢られたくねえ」
「理由ならあるだろ。……彼女に金払わせるなんて、俺に恥かかせんなって」


(なんだなんだ、この気障な生き物は……!)


あまりのクサい台詞に、頭に置かれた手を退かすことすらできなかった。背中に悪寒がザザーッと走る。それなのに、店員といったらキャアッなんて小さく歓声を上げているではないか。
学校の、この店員もだが、女共はこんな野郎が良いのかと心の底から不思議に思ったハレルヤであった。

結局、何故か話に割り込んできた店員によりハレルヤが奢られる形となったのが、どうしても納得がいかない。
アイスをスプーンで弄りながら下を向くハレルヤの頬を、ライルは指でツンツンつついた。反抗されると思っていたのだが、珍しくその様子はない。


「なに気にしてんだよ。良いじゃねーか、アイスの一つや二つ」
「………よくねぇ」
「お前は、強情というかなんというか……。じゃあ、俺にもアイス少しくれよ。それなら良いだろ?」
「……わかった、一口やる」
「一口だけかよ」


ほら、と手渡されたアイスを少し掬って口に入れる。ほのかに香る苺の匂いと、特有の甘酸っぱさ。カップをハレルヤに手渡し、アイス久しぶりに食べたよ、なんて言いながら彼女を見ると、鞄からハンカチを出したハレルヤと目があった。


「そうか。良かったな、アイス食えて」
「……あの、ハレルヤさん。つかぬ事を聞きますが……そのハンカチは何に?」
「あ?……ああ、殺菌だ殺菌」


そうか最近は風邪が流行ってるからなーハハハ、などと渇いた笑いをするライルの横で、タイミングよくというかなんというか、ハレルヤが盛大にくしゃみをした。
オヤジか!と思わず突っ込みたくなったライルだが、プルプル震えるハレルヤは心底寒そうで、心なしか顔色もよくない。


「寒いのか?」
「……そういうお前は寒くねぇのかよ」
「俺は平気。……ハレルヤはスカート短いから寒いんじゃねぇのか。というか短すぎるぞ、さすがに。風でめくれたらどうすんだ」
「なに期待してんだよ、バーカ。スカートは中途半端に長い方がバサッとなんだよ」
「……マジかよ」
「俺の知る限りはな…うー…」


くしゅん、と今度は可愛らしいくしゃみをするハレルヤは体を小さく縮めると、なるべく顔に風が当たらないように肩をすくめた。
そんなハレルヤの肩に、何かがバサッとかけられる。それはライルが着ていた学校指定のブレザーで、大きな制服はハレルヤの体を包み、少しずつだが確かな温かさを生んでいた。


「風邪なんか引かせたら、アレルヤに怒られるからな」
「……でもそしたらお前が風邪ひくだろうが」
「俺は寒くないって言わなかったか?」
「じゃあ、半分やる。半分こなら大丈夫だろ」
(……なに可愛いこと言ってんだよコイツ)

ホラ、と闘牛士のようにブレザーを半分空けるハレルヤに、ライルは手の平を口元に押し当てる。嫌な汗が背中を伝うのがわかった。ハレルヤ自身はいたって真面目にやっているのだろうが、かえってそれが男心をくすぐるのはまず間違いない。

久しぶりにグッときた。なんだろう、この気持ちの高まりは!

(萌えってやつか!?これが例の萌えってやつなのか!?)
「おら、とっとと入りやがれ!」
「いや、なんか汗かいてきたし大丈夫だ」
「なんでこのクソ寒いのに汗かけるんだよ」


"風邪引いて鼻水だらけになっても俺のせいじゃないからな!"とブレザーをきつく掴むと、ハレルヤはアイスのカップをごみ箱にほうり込む。

見事なシュートを決めたハレルヤはニッと笑うと、先程より歩調を緩めて歩き始めた。



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