帰りの電車は人が少ないので楽だ。
ときどき酔っ払いが騒いでいるが、その車両を避ければ問題ない。電車のシートに背中を預けながら、窓に向かって視線を送る。
そこには自分を睨みつける銀髪の男が座っていて、その小馬鹿にしたような視線が、デカルトをたまらなく苛立たせた。


電車を降りたところで傘をさすと、駅からアパートまでの道を黙々と歩く。背後から足元を照らしていた光がフッと消え、周囲に夜の色が増した。振り返らずとも駅の光が消えたことだと理解できる。幸い、街灯の明かりだけでも足元は十分明るいので、何かに躓く、ということもないだろう。

朝から降り続いている雨は小雨になっているものの、デカルトにとって雨は煩わしいものの一つでしかない。

そもそも、デカルトから見れば、この世界は嫌いなもので溢れていた。朝の満員電車、アスファルトで固められた道、無機質な建物の森。くだらない仕事、煩わしい同僚、媚で固まった笑顔に、偽りで充満した世界。

何より、その中で機械のように生活している自分が、嫌いで嫌いで仕方がなかった。


毎日通う同じ景色。毎日通う同じ会社。帰りも毎日同じ電車で、毎日同じ銀髪の男からふざけた視線が飛ばされる。
会議が成功しても、充実感も達成感も感じない自分。与えられた業務をこなし、何をするわけでもなく自宅に戻る。
そう、まるで、自分が仕事に使うコンピュータのようだ。キーボードに打ち込まれた文字しか表示できない、取り込まれたものしか感じない、ただの機械。パターン化して、分析して、その結果を表示させるだけ。ピッタリじゃないか。


いつの間にか、デカルトはアパートの前に立っていた。駅から此処までは徒歩15分だが、それ程時間が経っているとは思わなかった。

そこでふと、玄関の前に何かがうずくまっている事に気づく。デカルトの玄関ではない。隣人の、アレルヤの玄関だ。膝を抱え、ドアの前にうずくまる彼に、デカルトの脳裏に、やはり、という言葉が浮かんでくる。

「あ…」

漸くこちらに気付いたアレルヤは、膝の間から顔をあげた。長い、深緑の前髪がさらりと揺れる。
頬に張られている、肌色の大きなテーピングに一瞬目を奪われるが、それ以上に彼の表情が気になった。
目がせわしなく動いていて、包帯の巻かれた、細長い指先同士を絡ませている。どこか少女のような、女性的なその仕草に、表しようのない感情が湧きあがるのを感じる。デカルトは目にかかる銀の髪を耳にかけると、ため息を一つついた。

「……何をしている」

「え…っと、鍵を、何処かに落としてしまったみたいで…。大家さんに開けてもらおうと思ったんですけど、外出してるみたいだったから…その、帰りを待っているんです」

あはははは…、と弱弱しく微笑むアレルヤは、"それじゃあ、お休みなさい"とだけ言うと、視線をデカルトから鉄製の柵に外し、膝に顎を乗せる。

自分には関係ないか、と思い、玄関のドアノブに鍵を刺したところで、デカルトは手を止めた。

確か今朝…大家は、別のアパートの水漏れの件で、今夜は帰らないと言っていたはずだ。
そうなると、アレルヤは一晩外で過ごすことになる。雨で濡れていないのなら、風邪をひく心配もない。体も丈夫そうだし。それに彼は大の男で、女ではない。
一晩くらい外に放っておいても大丈夫だ。大丈夫、大丈夫。大丈夫、なは…ず……なのに。

「……入れ」
「え…?」

驚いた様子で目を見開くアレルヤだが、それ以上に驚いていたのはデカルト自身だった。まさか、自分が、他人を部屋にあげようとするなんて。……他の人間を、気遣うなんて。

「…大家はしばらく戻らない」
「でも……」

アレルヤの返事を遮るように、さしたままだった鍵をぐるりと回す。玄関のドアを開けっ放しにして、デカルトは室内に入った。嫌なら無理に入れとは思わない。自分は部屋に上がることを許可した。この後どうするかは、アレルヤの自由だ。

ドアが閉まるのと同時に、背後に人の気配を感じた。予想通りというか、防寒具もなしでこの寒空の下、一夜を過ごすのは流石に辛いだろう。

「すいません、迷惑をかけてしまって……。お邪魔します」

本当に申し訳なさそうに、アレルヤは目を伏せていた。返事をしないデカルトの反応を気にするように、ちらちらと様子を窺っている。
デカルトはいつも通り無表情のままだったが、内心は、かなり動揺していた。デカルトは、他人を自宅にあげることが初めてだった。

そもそも、他人を部屋にあげようなど思ったこともなかったし、絶対にさせるものかと思ってもいた。仕事の人間とプライベートで会うことはまずないし、仲の良い友人がいるわけでもない。自分のテリトリーに侵入されることが大嫌いなデカルトにとって、このようなことは、天地がひっくり返る以上にありえないことだった。

とにかく、動揺している事に気付かれないようしになければ。とりあえず、風呂を入れようとすると、玄関で立ったままのアレルヤが目に入る。どうすれば良いのか、わからないのだろう。

「……適当に、座りたまえ」

居間(といっても、机が一つ置いてあるだけなのだが)の方を指差してやれば、大きな体をビクッと震えさせて、あわあわしながら靴を脱ぐ。忙しい奴だ、と思いつつ、デカルトは浴室への扉を開けた。


風呂の準備を終えたデカルトか見たものは、俯いたまま机の前で正座するアレルヤだった。声をかけるわけでもなく、普段の無表情のまま、デカルトもアレルヤの正面に腰を下ろす。沈黙に耐えきれなかったのか、居心地の悪さからか、先に口を開いたのはアレルヤだった。

「あの、本当に、いきなり、すいません……。こんな夜遅くに、シャーマンさん、仕事終わって疲れているのに……」

「気にしなくてもいい」

「で、も…」

「気にしなくて良い、と言っているんだ。……嫌なら、部屋にあげたりしない」

自分の言っていることが、これほど馬鹿馬鹿しいと思ったことはない。自分は何を言っているんだ。こんなの、ガラじゃない。

思わずアレルヤから目を反らしたデカルトは、見慣れた机に視線をおとす。普段から磨かれた机には塵一つなく、焦点のあわせることができない真っ白な平面を、ひたすら見つめることしかできなかった。

「……あ、りがとう…ございます…。貴方は、本当に、良い…人、だ」

「何だと?」

思わずアレルヤを凝視してしまう。そしてデカルトは本気で自分の耳を疑った。良い人?誰が?まさか自分に言っているのか、と目を見開くデカルトに気付かないまま、アレルヤは尚も話し続ける。

「シャーマンさんは、本当に、やさ…しい。僕が、挨拶したら…返事して、くれる…。本当に、嬉しかった、嬉しい…。僕、挨拶とか、返してもらったの、はじ、めてで…」

顔を上げたアレルヤは笑っていた。それでも瞳には、今にも零れ落ちそうな程、涙が浮かんでいる。

『大袈裟だ……挨拶くらいで…』

「……君の周りは、常識はずれの人間が多かっただけだろう」

アレルヤが瞬きをした瞬間、一滴の銀の涙が、彼の頬を濡らした。その雫が、あまりにも悲しくて、あまりにも綺麗で。

「―――……」
「――っ…」

デカルトは無意識に、ゆっくりと下へ下へと流れる水滴を指先で掬っていた。ひんやりとした肌と、まだ温かい、涙の温度が混じりあっていて……。

「―――ッ!!風呂が入った!!入って、きたまえ」

急に響いた電子音に、二人の背中がビクリと跳ねる。今度は先に口を開いたのはデカルトで、彼は明らかに動謡していた。

「……ぇ?で、でも…」

「良いから、入ってきなさい」

腰を上げて諭すと、アレルヤは玄関の時同様、慌てて脱衣所に駆け込んだ。彼の姿が脱衣所に消えると同時に、デカルトはその場に座りこんだ。

『なんだ、この鼓動は!!不整脈の一種か!?』

ドクドク、その存在を示すかのように高鳴る左胸を抑えながら、上気した頬に気付かぬフリをする。

『彼の、涙で濡れた銀の瞳を見た瞬間、何かが……くそ、なんなんだ。今まで感じたことがない……なんだ、胸が張り裂けそうだ』

何故か、彼の涙から目が離せなかったのだ。その涙を流して笑う彼が、綺麗だと、思った。キラキラ輝く銀の瞳。涙を浮かべたそれは、いつも以上に輝きが増していて。指先に付いた雫をペロリと舐めてみる。美味くもなければ、まずくもない。

ふと、誰かに見られている気がして、窓の外に視線をやる。そこにはいつもの銀髪の男がいて、口角を上げて笑っていた。眉毛を下げたその笑顔は、デカルトが覚えている中では、初めて見る顔だった。それはぎこちなさが残るっているものの、今までにない穏やかな顔でもあった。


「あの、シャーマンさん……?」

名前を呼ばれて思わず振り返ると、髪を湿らせたアレルヤが初めて会った時同様、銀の瞳を細めて笑っていた。少し息がきれている。……これ以上、熱くなる頬を無視するのは無理そうだ。

「お風呂、ありがとうございました。……あの、顔が赤いです…大丈夫、ですか?」

「―――ッ!!」

……この後アレルヤは、今後デカルトに声をかける時には正面からにしようと心に誓った。







―――――――

デカルトの性格とかよくわからないので、そこは妄想で書き続けた結果がこれです/(^q^)\アーッ
デカルトとアレルヤの話が書きたい!と、夜槻の妄想と願望でできたこの話ですが……本当に申し訳ありませんでしたorz
補足的な事を言うと、アレルヤはアパートに越して来る前はイジメられっ子ポジションでした。
いや、もうホント…ごめんよ、デカルトさん、アレルヤ…。
そしてデカルト又はアレルヤ好きの皆さん、本当に申し訳ありませんでしたorz
最後のまとめとか何が言いたいか意味不明に;しかもデカルトさんが受けクサイという……。今度はマイスター×デカルトさんで((ry

最後になりましたが、妄想小説を読んでいただき、ありがとうございました!




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