うろ、と子どもの視線がさ迷う。ソファーに腰掛け難しい表情で書類を読む男と、その手に持たれた束の書類。

ふたつ、見比べて、子どもが声を発することはなかった。





仕方なしに、本当に仕方なしに子どもを連れてきたのだと不本意さを隠しもしなかった男は、絶対構うな、それだけ言って仕事に掛かった。もうすぐ一時間だ。六十分、男が掛けても終わらない仕事。
多少、厄介な山を当ててみた。
ほんの意地悪。小さな興味の為に。

とてつもない集中力を見せる男とは別のソファーで大人しく仕事の終わりを待つ子どもの足は、ぶらぶらと貧乏ゆすりをする。仕方ないだろう。まだまだ片手で足りる年数しか生きていない生きものだ。仕方がないだろう。ソファーに座って足がつかなくっても、行儀が悪くっても仕方ないだろう。
何とはなしに与えてみたぬいぐるみを抱える手は小さい。うさぎのそれと大差ない大きさ。身長を測ったらぬいぐるみの方が大きいかもしれない。
それを抱えて、男と書類見比べる子どもはさぞ退屈しているのだろう。ぶらぶら、ぶらぶら。所在無げな足と視線が頼りなく、揺れる。


この様子だとまだ仕事は終わらない、まだ男の集中は終わらない、そう見計らって、声をかけた。
まあ、予(かね)てからの目的である。



「まだまだ、掛かりそうですねぇ」



わかりやすくピクリと跳ねた肩、向こうの返事を待たずに続けて話し掛ける。



「退屈、なら私と遊びましょうか」



さりげなく立ち上がってさりげなく隣に座って、そんな自分をおずおずと見上げてきた目は困り切った色をしていた。



「しろうが、……しろうがね、だめだって」

「……うん、?」



大抵の場合子どもの話とは唐突である。それはこの子どもであっても例外でなく、舌ったらずな口調が主語述語の関係のなっていない言葉を紡ぐ。
文法なんて子どもに求めるものではないのである。



「藤本が何か…?」

「しろうが、ぜったい、しゃべるな、言ってた、から」

しーッ、ね。しーッ…!



人差し指を口の前に立てて、しーッ!とする子どもは真剣そのもので、事実本人は大層真面目にやっている。しかし間違えられては困るのだが、そうしている間に会話は成立してしまっている。
まあ、もしかしなくとも子どもがそれを理解していることはないのだが。



「藤本が私と喋るなって?」

「そう…!ぜったい、だめだぞって」



ムフ!と力強く頷いた子どもは決意に溢れていた。大好きでだいすきで仕方のない男との約束を守るため、決意に溢れている。

絶対、喋っては、いけないらしい。



「なんで、でしょうね?」

「へ、え?」

「どうして、藤本は、そう言ったのだろう」



言い聞かせるように、一音一音をはっきりと発音した。さぁ、どうして?と、子どもの目を見つめて首を傾げれば倣ったようにその首もコテンと倒れる。
自分より幾らも小さい子どもの旋毛を眺め、うんうんとどうせわからないだろうに、わかるはずのないことを、考える様子に自然と笑みが零れていた。



「あぁ、悲しい」

「どうして?」



大抵の餓鬼は嫌いだった。
手元にいないなら構わないが、傍で子ども特有のぐずりだとか駄々を捏ねられたら耐えられる気がしない。



「私だってお喋りしたいだけ、なのに」



だが、他人の子どもなら話は別である。
興味が湧いたから。それは我ながらあまりに短絡的な動機であったが、男が隠したがっているとまでくれば興味も湧こう。
聖騎士が手塩にかけて育てようとしているのだ。
面白さの欠けた日々にちょっとした楽しみが出来た。男が己を危惧するなら、尚更。



「しろう、なんでだめなんだろ」

「さぁ?」



行儀よく、二人並んでソファーから男を眺めるがこちらに気付く様子はまるでない。邪魔をしないようにと気付かれないようにと、こしょこしょ小さな声で会話する。
目鼻の先しか考えられないのはまさしく子どもで、愛すべき愚かさなのだろう。
まだまだ嘘も本音も見抜けぬ目に見えるもの全てが真実、という愚直さだろう。

ついにクスクスと本格的に訪れた笑いを我慢はしなかった。






「このお喋りはナイショ、ですね」


企画「星をみるひと」様に提出。
参加させて下さりありがとうございました!




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