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近付きたいと思った。その手に触れて、苦しいくらいに、切ないくらいに、互いの鼓動を感じあいたかった。これから先に続く果てしなくも思える一生の中で、今この時を、決して忘れたくないと思った。


「レギュラスの手は、大きくてつめたい」
「あなたの手は小さくてあったかいです」
「私は好きよ。つめたい手の方が気持ちよくて」


掌を重ねることはできても、この手を繋ぐことはできない。見つめあって、言葉を交わしても、抱き締めることもできない。どんなに思いあっていても伝えられない。それでも、簡単に消せるような感情ではなかった。


「昔は同じくらいの大きさだったのにね」
「もう、子供ではありませんし、子供ではいられませんから」
「うん。……でも、レギュラスがいつだって優しいことは、変わらない」


汗が、伝った。流れ落ちるそれが目にしみて、痛かった。僕を見つめる彼女の頬にも汗が流れて、泣いているようで、息が詰まった。彼女は僕の前では、決して泣かないことを、僕は知っている。


「ねえ、こんなとき普通なら、何て言うの?」
「……さようなら、でしょうね」
「でも、私達にさようならは似合わないね」
「そうですね。ずっと一緒でしたから」


ずっと一緒だった。だからわかることが多すぎて、余計に別れがつらい。いつまでもこうしていたい。もう離れたい。すべてを打ち明けてしまいたい。何も言わないでいてほしい。愛していると伝えたい。愛していると言ってほしい。僕を、愛してほしい。


「ねえ、また会える?」
「あなたが忘れても、僕は覚えていますから」
「それなら、さようならはいらないね」


昔と変わらない笑顔の彼女を見つめながら、自分の決断は間違っていないと確信した。彼女に忘れられても、僕は今までのすべてを覚えたまま、いくことができる。


「ねえ、お月さま綺麗ね」


見上げた月は、優しい光で僕達を照らしていた。月なんて今までに何度でも見たはずなのに、はじめてのような表情で月を見上げる彼女が、とてもうつくしいと思った。何故だかわからないけれど、僕を忘れてしまっても、この月を覚えていてほしいと思った。


(2012)

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