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「見て、星をつかまえたみたい」


手のひらで掬い上げた水に夜空で光る星が映って、まるで自分が大きくなって星をつかまえたような気持ちになった。私の手のひらに広がる小さな星空は、やがて指の隙間からこぼれ落ちて湖に溶けてしまった。


「あなたはいつも楽しそうですね」
「レギュラスがいるからだよ」
「……そう」


ちゃぷん。湖に浸けた足をぶらぶらと動かして、湖に浮かぶ星空をでたらめに消していった。水の冷たさに思わずくしゃみをすると、隣に座るレギュラスに「何をやっているんだ」と言いたげな呆れ顔をされてしまった。


「ほら、足をあげてください」


大人しく言葉に従って足をあげると、細くて白い指に足首を掴まれた。けっして強い力ではなく、まるで硝子の靴を脱がせるみたいに、優しく、繊細な手つきだった。溶けた硝子のようにとろりとろりと滴が脹ら脛を伝い、レギュラスの手を濡らした。


「本当よ」
「なにが?」
「レギュラスがいるから、私はいるのよ」


私の言葉にレギュラスは何もこたえることなく、口を閉ざしたままサテンのハンカチで私の足についた水滴を拭った。伏し目がちなその顔は、いつもと変わらずかなしいくらいにうつくしかった。


手をのばして触れていないと、掬い上げたあの星たちのようにどこかへこぼれ落ちてしまいそうで、思わずレギュラスの頬を両手でつつんだ。その灰色の瞳は微かに驚きの色を浮かべたものの、すぐにいつも通りの深い静寂へと帰った。


「なんですか」


私の濡れたままの両手につつまれたレギュラスの頬に水が滴って、まるで彼が泣いているみたいに思えた。レギュラスの瞳に、私が映る。私の瞳に、レギュラスが映る。私も、レギュラスも、まるで言葉を忘れてしまったかのように、ただ、見つめ合っていた。


「レギュラス、本当よ、だから……」


泣いているのは、レギュラスじゃなくて、私だった。はらりはらりと落ちる涙に、もしもあの星が映っていたら、それは流れ星のように見えるのだろうか。それでもレギュラスはなにも言わないまま、やはり硝子に触れるように私の手に触れた。


「レギュラス、」


名前を呼ぶと、レギュラスはふいに私を抱き竦めた。力強い彼の抱擁は私の涙を止めるどころか、むしろ余計に涙を流させた。レギュラスの胸に顔をうずめて深く息を吸い込んでも、涙は止まらなかった。レギュラスの手が、さらりと私の髪を撫でる。私を強く抱きしめる腕と、私の髪を撫でる手は同じはずなのに、そのふたつはまるで正反対だった。


髪を撫でていた手がゆっくりとおりてきて、流れ続ける涙を拭った。灰色の瞳が、私を見つめる。何も言えずにただ見つめ返すと、レギュラスはそっと私の目尻に浮かんだ涙に唇を落とし、耳元に低く甘い声で囁いた。







そんなの、答えるまでもなく決まっている。




(2012/企画/那さん)

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