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私が彼に殺されて、もう半世紀以上過ぎた。気がついたらこの真っ白な世界にいて、それ以来私はひとりきりでここに居続けた。文字通り何もない世界。ここがいわゆる死後の世界だというのなら、なんともあっさりとし過ぎていて面白みの欠片もないと思った。


不思議なことにこの世界には私以外のいきもの(死んでいるからいきものと言えるかはわからないけれども)が、まったくいない。だけど私はさみしいだとか、人に会いたいだとか思ったことは、この半世紀の間一度もなかった。


自分以外のいきものがいないこの世界で私がやるのは、私を殺した彼をこの世界から見守ることだけだった。見守る、とはまた少し違うかもしれないけれど、私はまさしく神の目になって、彼をこの半世紀見守り続けた。


その彼が、私が半世紀以上見守り続けた彼が、ある日どこにも見当たらなくなってしまった。ここ数年なにやら物騒なことをやっていると思ったら、とうとう彼はどこかに消えてしまった。


見守る相手もいなくなり、私はついにひとりぼっちになってしまった。真っ白な空間にひとりきりで、一体どうして私はここにいるのだろうかと考えたりした。どこまでも続く真っ白な空間をぐるりぐるりと見渡しても、何の変化があるはずもなく、私は彼に殺された時から変わらない若々しい自分の四肢を見つめた。


手のひらを見つめていると、どれくらい時間が経っただろうか、不意に私のものではない影が手のひらを暗く覆った。何事かと思ってゆっくり目線を上げると、彼がいつの間にか目の前にいて、私の手のひらを静かに見つめていた。私と違って大人になっていたはずの彼が、私を殺した時と同じ姿で、そこにいた。


「……久しぶりだね」
「ここはどこだ?」
「たぶん、死後の世界」


半世紀ぶりの会話にしては、いささか味気なくも思えたけれども、それでも胸が弾んでいるのが自分でもわかった。立ち上がって彼に手を差し伸べると、彼は静かに目を伏せた。薔薇色の頬に触れると、想像していたよりもずっとそれは温かく柔らかかった。これで私も彼も死んでいるのだから、なんとも不可思議な気分だ。


私が見守り続けた彼は、確かに私とは違って大人へと成長していたはずなのに、私が触れている彼は、私がまだ生きていた頃に間違いなく愛していた、若く美しい彼だった。彼と額をくっつけあって目を閉じた瞬間、私がこの世界に来た理由がわかった。ずっとひとりきりでいたせいで忘れていたけれども、私はこのおそろしく美しくて、愛してやまない彼に再び会いたくて、ずっとこの世界で待っていたのだ。


「君はずっとここにいたのか?」
「うん。ずっとここにいて、リドルを待ってた」
「……そうか」


彼は私の手に自分のそれを重ねて、何かを確かめるように握り締めた。なにも変わっていない。私が彼に殺されたあの時も、彼は私の手を握って、私は彼を見つめていた。私も彼も何一つ変わらないで、再び出会うためにこの世界にやってきて、そして生きていた頃と同じように触れ合った。やがて私達は、どちらからともなく互いの背に腕を回して、静かに抱きあった。


「会いたかったよ、ずっと」
「ああ」
「やっと会えたね」


死んでいるはずなのに、私達は生きているみたいにあたたかかった。ふたりで共に生きることはできなかったけれど、これからはずっと、私達はずっと、この世界でふたりで一緒にいられる。真っ白な世界で、私達は半世紀前と何一つ変わらない姿のまま、離れていた時間を埋めるように、抱きあい続けた。


(2011)

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