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ジリジリジリジリ。必要ないのに蝉が全身全霊で鳴いてうだるような暑さを増長させていて、ムカついた。


昨日の夜凍らせておいたペットボトル入りのお茶を、この暑さのなかでもまだ溶けないで浮かぶ氷の塊をちゃぷんといわせながら、ゴクリと飲む。


冷たいお茶がすうっと喉を降りていって、容赦ない陽射しが照りつける真っ昼間の駅のホームに立つ私を、一瞬だけ涼しい気分に変えてくれた。


高校3年生といえば受験である。私も例にもれずその受験競争の真っ只中にいて、名目上は夏休みなのに、補習だの模試だの何かと理由をつけられて学校に行かなければいけない。そんななんとも味気ない夏休みを送っていて、今の私は青春?ナニソレ食えんの?状態だ。


今日だって本当は数少ない休みの筈だったのに、昨日いきなり「国公立狙ってるヤツは明日も特別講義だ!」とかなんとかやたらと熱いおじさん先生が言い出して、わざわざ登校する羽目になってしまったのだ。


ゴクリ。もう一口お茶を飲んで、溜まった疲れと一緒に溜め息を吐き出した。正直、模試や補習を受けているけど、はたして自分の力になっているのかどうか、不安だ。


やたら熱い先生たちは「夏が勝負!夏を乗り切れ!」とか毎日耳にタコができるくらい言うけど、現実味がわかない。模試の判定もいまいちだし、周りの子たちはすでに内定をもらったり、推薦で合格した人もいると言うのに、今の私はぐずぐずだ。


もう一度溜め息を吐き出したのと同時に、頭の上のスピーカーから綺麗なお姉さんの声が、私が乗る列車がやってくることを知らせた。


顔を上げてなんの気なしに列車が来る方を眺めると、向こう側のホームに見知った顔が見えて、自分でもよくわからない声が出た。


「……マジかよ」


乱視のせいでいまいちよくわからないけれど、あの黒い髪とすらりとしたスタイルは、シリウスだ。


一緒に過ごしたのは中学の3年間だけだったけど、シリウスはよくも悪くも印象に残る人だった。金持ちでイケメンで、隣のクラスの天パ眼鏡たちとことあるごとにイベントを考えたりして、学校中の人気者だった。


そんな彼らは国内でも有名なホグワーツ学園の高等部に進学し、一方の私はというと地元のいたって平凡な高校に進学した。


じっと向こうを見つめると、どこかに遊びに行くのか、シリウスはいかにもイケメンオーラをかもし出した格好をしている。一方の私は、リボンもなにも付いてない可愛げもクソもないだっさいセーラーの制服を着て汗をだらだらとたらしていて、なんだかムカついた。


あちらもこっちに気づいてじっと見ているような気がしたけど、よくわからないし、ガタンガタンと大きな音をたてながらタイミングよく列車が目の前をさえぎったため、これ以上シリウスのことを考えるのは止めた。


扉が開いて、冷たい空気が流れてきて気持ち良かった。がらんとした車内に入って、あらためて向こう側のホームを見たけどシリウスはいなかった。


なんだったんだ。暑さのせいでついに幻覚まで見えてきたのだろうか。教科書を睨みすぎて最近疲れ気味の両目を押さえて、さっきのあれは夏の蜃気楼だと思うことにして、すっかすかの席に座った。


「……い、」
「あー疲れた」
「おい、シカトするな」


もう一度冷たいお茶で喉を潤して大きく息を吐いた瞬間、いつやって来たのか私の横にシリウスが立っていた。


なんでここに?とか、蜃気楼がこんなにはっきり見えるなんて相当ストレスたまってるんだな、とか思っていたら、両膝に手をついて汗をだらだら流しながらシリウスは中学のときと変わらない笑顔を見せた。


「よお、久しぶりだな!」
「はあ、」
「相変わらず反応ねぇなお前」


イケメンというものはずるい。私と同じかそれ以上に汗をかいてるのに、同じクラスの汗臭い野球部の男子と違って、むしろ爽やかさ100%なのだから。


「さっき向こうのホームにいたよね?」
「ああ……。ちょっと人に会おうと思ってたけど、お前が見えたからやめた」
「……どうせ女でしょうが」


「あ、バレた?」とシリウスは中学時代にいたずらがばれた時みたいに笑った。その笑顔が昔とまったく変わっていなくて、不本意にもどきっとしてしまったから、腹いせにシリウスの脛を蹴ってやった。


「駄犬のくせに学校がエスカレーター式だからって調子にのるな」
「っ、いってえ……!」
「どうせならレギュラスに会いたかったよ、私は」


ばっさりと切り捨ててやったら、シリウスは情けない顔をしながら私が蹴った脛を擦った。


「ちぇっ……俺の全速力は何だったんだ」
「……どれだけ必死だったのよ」


いじけたシリウスに苦笑いしながら問うと、シリウスはきょとんとしながら私を見つめた。


「お前に会いたいって、ずっと思ってたんだから、当たり前だろ」


暑さとは違う熱が、かあっと私の頭まで上ってきた。これだからイケメンは嫌なんだ。ムカつく。けど、私のために全力疾走したようだし、少しぐらい優しくしてやろう。


「ほんと、駄犬はいつまでも駄犬だね。……不本意ながら間接ちゅーになるけど、お茶、飲む?」


ぽちゃん、と音をたてながらペットボトルを差し出すと、シリウスは子供みたいに嬉しそうな顔をしてそれを受け取った。


「なあ、今からどっか行こうぜ」
「私、受験生なんですけど」


溜め息を吐きながら答えると、シリウスはペットボトルを両手で握りしめながら捨てられた仔犬みたいに私を見つめた。やっぱりイケメンはずるい。また顔が、熱くなった。


「……シリウスのおごりなら、考えなくも、ない、かも」
「!……おごる!」


シリウスはしっぽが生えていたらちぎれるくらい振っているだろうと思うほど嬉しそうに笑った。


「……ムカつく」


なんかとりあえずムカついたからもう一度シリウスの脛を蹴ってやった。


ガタン。うっとうしい暑さを遮断してドアは閉まり、私とシリウスを乗せた列車は発車した。こういうのを青春と言うのかな、と思いながらシリウスをちらりと見ると、にっと笑いかけられた。また顔が、熱くなった気がした。


(2010)

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