『ティキ……、はな、し、て……っ!!!』
じたばたと暴れる私を、ティキはじろりと睨みあげてきた。目が合った瞬間、全身にぞわりと鳥肌がたつ。一切の光を宿していない虚ろな瞳。感じるのは、底の見えない闇…。ティキのこんな目、見たことない。ひしひしと恐怖を感じ始めていた――その瞬間。
『んっ…!』
「ルキア!!」
鋭い触手が頬を掠めた後、作られた傷口から生温かい血が流れ出た。ティキは、私を傷つけた触手の先についた血を舌でゆっくりと舐める。にやりと口端を吊り上げた彼。しかし一変して今度は頭を抱え苦痛に耐え始めた。
「がっ、か……ががっ!!!」
『ぁっ……』
触手から力が抜け、解放された私は重力に従って地面へと落ちるが、地にぶつかるぎりぎりの所でアレンのイノセンス、クラウンクラウンに助けられた。絶叫するティキ・ミックから距離を置き、様子を伺いながらも私を抱き抱えるアレンは心配そうな顔をしていた。
「ルキア、大丈夫ですか。傷は痛みますか?」
『こんなの過擦り傷だよ、大丈夫。アレンこそ平気?』
「はい。みんなも無事だと思うけど、ただ…扉の状態が心配です。」
『早くここを抜け出さないと、この場所も崩壊が始まっちゃうね…。』
みんながいるであろう方向を見上げるも、扉の状態共々ここからでは確認することができない。一寸の希望の光に、再び雲がかかって暗闇に逆戻りした気分だ。
「ああああああああああああああッッ!!!」
ティキ・ミックの悲痛な叫びとともに、彼は別人へと変わり果てていく。
愛の唄を奏でよう
- 100話 -
「はははははははは!!」
人を傷つけ、喜々と笑うこの男。体はティキでも、精神が彼ではない。
しかも、どんなに攻撃をしてもまるで効いてないかのように立ち上がり襲ってくる。
(強すぎる…。さっきまで戦っていたティキとは別人みたい……。)
月光ノ刀を地面に突き刺し、立ち上がる時、刀がボロボロになりつつあることに気づく。
イノセンスも、私の体力も、限界か……。
ここに乗り込んでから連戦続きだ。当たり前に体も武器もガタが来始めても何ら可笑しくない。むしろ、よくぞここまで耐えた、と褒めてほしいくらいだった。
だけど、こんな所で諦めたりはしない。
(絶対に、みんなでホームに帰るんだ……!!)
この願いがある限り。
***
『イノセンス、第二開放!雷光ノ銃!!』
素早く銃を構え、ティキ・ミックへと弾を放つ。しかし対する彼は身軽にその攻撃を避け、こちらへと向かってくる。
(早い……っ!)
「ルキア!!」
『うぁっ!!』
突進してくるティキを刀で受け止めるも、容易に弾き飛ばされた。壁にぶつかり、体全体に衝撃と痛みが広がる。重い瞼を開け、こちらを見てニタリと笑うその男に、ふっと鼻で笑ってやった。
ティキだと思って、体を傷つけられなかった。
でも、違う。
もうこんなの、ティキじゃない。
"ノアに侵食されてしまっているわ…。もう、彼はきっと、戻れない。"
"私"もそう言ってる。
ノアに飲み込まれると、こうなるんだ…。
他人事のように思っているけれど、自分もこうなる可能性があることを今は考えるのが怖かった。
『はぁ…はぁ……。私が、許せないんじゃ、ないの……?裏切って、こっちにきた、私を……。』
「……オマ、エ……ユルサ、ナイ……ウラギリ……許さナイ……」
『そうそう、その調子……。それから……ティキ、じゃない……あなたは、誰?』
「あああああああ!!!!」
(来る……ッッ!)
覚束ない足にぐっと力を入れ、次の攻撃に構える。その時、グラっと大きく視界が揺れ、浮遊感に襲われた。見ると、自分が立っていた場所が崩壊を始め、今まさに落下しようとしていたのだ。
(やばっ…!)
落ちる…!と覚悟した瞬間、白いふわふわしたものに体が覆われた。
何が何だかわからないまま、地面と思わしきものに足がつき、視界が開かれた。私を支えるように肩に腕を回していたのは、クラウンクラウンを身にまとったアレンだった。
『アレン、』
「まったく…危ないじゃないですか!!何一人で挑発してるんです怒りますよ!!!」
『もう怒ってるじゃん…。』
「師匠も!もっと早く来てくれなきゃルキアを落っことすところでしたよ!!」
『…師匠?』
アレンが見上げた方向を見ると、こんなところにいるはずのない、懐かしい赤い長髪と眼帯をつけた男がいた。
え、夢?これは、夢なのか?
体力の限界通り越したせいで幻覚見え始めた?
でも、この手足の先まで神経が伝わっている感じ…これは夢とは言い難い。
『ほ、ほっぺを摘むと…い、いひゃい』
「ルキア…。現実を受け止めたくない気持ちはわかりますが、これは夢じゃありません。とりあえず今一度こちらをご覧ください」
「よう」
『……まじか』
視界いっぱいに広がるのは、やっぱり懐かしい気持ちを蘇らせる赤色の長い髪。眼帯が異様なまでに似合っていて、この人の怪しい笑みは妖艶で見る人の目を引きつける力がある。
呆気に取られている私に、彼はやれやれと言わんばかりに溜息をついた。
『な、なんで…』
「ったく…愛弟子を助けに来てやったに決まってんだろ?」
『クロス!!』
我が師匠であり教団の数少ない元帥の1人、クロス・マリアン、降臨。
-- end
お久しぶりです。本当にお久しぶりです。
20170605
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