らしくないのは貴方のせい 三成→浅野 | ナノ 昼間の城下。
天気も恵まれているからだろう、いつもより多くの人々が町にあふれている。
人混みは苦手だ。
今日は、切れてしまった墨や筆、といった品を買い足しに来ただけである。
目的の物は既に買った。さっさと戻ってしまおう。

そう思った矢先、ふと視界に入った道端の店の前で、足が止まってしまった。
行商人による出店だろう。簡素な箱の上に布を敷き、その上に品物を乗せている。
しかし、簡素な台とは打って変わり、品物は、目を見張るような色とりどりの簪や髪飾りだった。
漆やべっ甲といった、深みのある美しさをもったもの。
中には、蒔絵や銀細工、瑠璃などの装飾が施された艶やかなものもある。

視線を上げると、煙管を加えた商人と目があった。
彼はにっと、口元を上げると、煙管を口から離し、紫煙を吐き出した。
「お兄さん。よかったら想いの人にでも、御一つどうだい?」



衝動買いなど滅多にしない。
きちんと吟味し、必要な物だけに使うというのが、賢い金の使い方というものだ。
だが、気づいた時には代金を払ってしまっていたのだ。
必要な物というわけでもないだろう…。
自分自身に呆れ、思わずため息をついた。


簪を見た時に、ちらりと頭に過った人物。
視界に入ったそれが似合いそうだと、手に取ってしまったのがよくなかった。
「お兄さん、お目が高いねぇ。」
商人は聞いてもいないのに次々と言葉を紡ぐ。
その簪はそれ一つだけ。今日中にここを立つから、もうここには来ない。買うなら今しかない。
普段ならそんな口車に乗せられることはない。
だが、今日に限って、何故か私の口から出たのは、簪の値段を問うものだった。



決して安い買い物ではなかった。
が、買ってしまったものは仕方ない。
手元にある、先ほど商人から受け取った、小さな箱を開ける。

黒漆塗りの軸に、銀細工の桔梗と青藍の瑠璃玉が装飾されている花簪。
落ち着きがありながら、華やかさも備えていた。

今更ながら、女子がするような花簪を見て、ふと不安がよぎる。
やはり、渡すのは止めて妹に…などと考えていたからだろう。
後ろの気配に全く気付かなかった。


「さーきーちっ!」


突然、真後ろから呼びかけられ、びくりと肩が強張る。
勢いよく振り向くと、そこにあったのは見慣れた友の顔。
「き、紀之介!?いつからそこに…!」
私の驚き様が意外だったのか、きょとんとした顔をしている。
「いつからって、そこで見かけたから声をかけたんじゃが…ん?」
何かに気が付いたような声をあげる紀之介。
視線を追うと…自分の手元の小さな箱。
はっとなり、慌てて箱を閉じるが、時すでに遅し。
「なんじゃ、簪とは珍しいのぉ。お主はいつも結い紐を使っておるじゃろう。」
…しっかり中身を見られていたようだ。

紀之介は、私が小箱を隠したことに首を傾げたが、その口元はすぐに、にやりと緩んだ。
「なるほど。確かに浅野殿に似合いそうな簪じゃのぉ。」
無駄に察しがいい。
言い当てられたことが気恥ずかしく、ふいと顔を背ける。
やっぱりと言い、彼はくすりと笑い声を漏らした。
「喜んでもらえるとええのぉ。」

喜んで、もらえるだろうか?

ふと、先ほどの不安が頭をもたげる。
嫌な思いはさせたくない。だったらいっそ渡さない方がいいのではないか。
考え込み、黙り込んだままの私が妙だと思ったのか、紀之介が顔を覗き込んできた。
「佐吉、どうしたんじゃ?」
不安が顔に出ていたのだろうか。
紀之介は、きょとんとした顔をしている。
「…受け取ってもらえるだろうか。」
零れ落ちるように呟かれた私の言葉に、紀之介は目を見張った。
笑われるかと思った。
普段は、そのようなことを心配する質ではない。
正直に言うと、自分でもらしくないとは思っているのだから。


しかし、紀之介は笑うことなく、真面目に取り合ってくれた。
「…確かに、お主の思うことも分からなくはない。浅野殿は派手なものは好まんし、簪も普段は地味な玉簪しかつけておらん。それに、この簪は花簪…女子向けに作られたものだろうと、儂でも察しがつく。」
否定的な意見が並べ立てられた上に、返す言葉もなく言葉が詰まる。
「…やはり、」
「でも。」
私の言葉を遮り、紀之介は言葉をつづけた。
「この花簪は派手と言うほどでもないし、桔梗は縁起もいい。なにより、浅野殿に良く似合うだろうと思い、お主が選んだものじゃろう。儂も似合うと思う、悪くはないと思うぞ。」
そう言い、笑みを浮かべた。

「まぁ、当たって砕けろというじゃろうが!ものは試しじゃ!」
思い切っていけい!と、紀之介は私の肩を叩いた。少し痛い。
だが、紀之介の言うことも一理ある。
「…そうだな。」
うじうじと悩んでいるのは性に合わない。
折角買ったのだ。あの人の為に。
手元に納まっている小箱を、そっと撫でた。




屋敷に戻る途中、先ほどの言葉を思い出し、引っかかることがあった。
「…おい、紀之介。」
「なんじゃ?」
「さっきの言葉だが、砕ける前提なのか。」
「儂なら女子向けの物をもらって嬉しいとは思わん。」
間髪入れず、ばっさりと切ってきた。

…やはり、渡すのは考え直した方がいいのかもしれない。



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らしくないのは貴方のせい


結局渡しました→おまけ

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