猿夢 桜井 | ナノ 「憑かれやすい体質か。大変だな、昔からか?」
「いえ、ここ数年前からです。」
「だったら、そのうち治まるんじゃないかな?」
「うーん…そうだといいんですけど。」
「でも、怖い話してると寄ってくるというが、それに加えて長泰さんの引きつけ効果…。」
「おい馬鹿止めろ、そんなこと言うな。」
「特に嫌な感じはないし…大丈夫じゃないか?」
「ですね。それに、次の家一さんで終わりですし、さくっと終わらせれば大丈夫でしょう。」
「そうだね、じゃあ始めようか。」





長いようで、意外とあっという間だったね。
さて、僕が大取か…。折角だから、夜眠れなくなりそうな話でもしようか。
これは、ある人物が作った話なんだけどね。



ある男は、夢をみていた。
彼は、昔から夢をみている時、自分は今夢をみていると自覚する事が出来る人だったんだ。
そして、この時もそうだった。


彼は、何故か薄暗い無人駅に一人でいた。
ずいぶん陰気臭い夢だな。
そう思っていると、駅に精気の無い男の人の声で、アナウンスが流れてきた。
「まもなく電車が来ます。その電車に乗ると、あなたは恐い目に遇いますよ〜。」
意味不明な放送に、男は首を傾げる。
放送の通り、まもなく駅に電車が入ってきた。
それは電車というより、よく遊園地などにあるお猿さん電車のようなもので、数人の顔色の悪い男女が一列に座ってました。

どうも変な夢だな。
男はそう思いつつも、自分の夢がどれだけ自分自身に恐怖心を与えられるか試してみたくなり、その電車に乗り込んだ。
そう思えたのは、彼が夢だと自覚している時に限って、自由に夢から覚める事が出来たからだろう。
これは夢だ。本当に恐くて堪られなければ、目を覚ませばいい。
彼はそう思っていた訳だ。



男は電車の後ろから三番目の席に座った。
辺りには生温かい空気が流れていて、本当に夢なのかと疑うような臨場感があった。
「出発しま〜す。」
アナウンスが流れ、電車は動き始める。
これから何が起こるのだろう。
男は不安と期待でどきどきしていた。



電車はホームから出ると、すぐにトンネルに入った。
紫色の明かりがトンネルの中を怪しく照らしている。
トンネルの景色は、男が子供の頃、遊園地で乗ったスリラーカーの景色と似ていた。
考えてみると、電車も昔乗ったことのあるお猿さん電車。
結局、過去の私の記憶にある映像を持ってきているだけで、ちっとも恐くないじゃないか。
男がそう思っていた時、またアナウンスが流れました。
「 次は〜活けづくり〜。活けづくりです。」
活けづくり?魚の?


急に後ろからけたたましい悲鳴が聞こえてきた。


振り向くと、電車の一番後ろに座っていた男の人の周りに、四人のぼろきれのような物をまとった小人が群がってた。
よく見ると、男は刃物で体を裂かれている。
その姿は、まるで魚の活けづくりの様だった。
強烈な臭気が辺りを包み、耳が痛くなるほどの大声で男は悲鳴をあげ続ける。
男の体からは、次々と内臓がとり出され、血まみれの臓器が辺りに散らばった。


男のすぐ後ろには、髪の長い顔色の悪い女性が座っていた。
彼女は、すぐ後で大騒ぎしているというのに、ただ黙って前を向いたまま、気にもとめていない様子だった。
男は、さすがに想像を超える展開に驚く。

本当にこれは夢なのか?

そう思い恐ろしくなってきましたが、起きようと思えばすぐ起きられる。
彼はもう少し様子をみてから目を覚まそうと思いました。



気が付くと、一番後ろの席の男はいなくなっていた。
しかし、赤黒い血と、肉の固まりのような残骸が目に入る。
後ろの女性は相変わらず、無表情に一点をみつめていた。

「次は〜えぐり出し〜。えぐり出しです。」

またアナウンスが流れる。
今度は二人の小人が現れ、ぎざぎざスプーンの様な物で後ろの女性の目をえぐり出し始めた。
無表情だった彼女の顔は、痛みによってものすごい形相に変わった。
男のすぐ後ろで鼓膜が破れるかと思うほど、大きな悲鳴を上げる。
眼球が飛び出し、血と汗の匂いが鼻を衝く。

男は震えながら前を向き、体をかがめた。
ここらが潮時だ。これ以上付き合いきれない。
順番からいくと、次は三番目に座っている彼の番です。
男は夢から覚めようとしましたが、ふと、自分には一体どんなアナウンスが流れるのだろうと思った。
それを確認してから、その場から逃げる事にしよう。
そして、流れたアナウンス。



「次は〜挽肉〜。挽肉です。」



最悪だ。
男は、どうなるか容易に想像が出来たので、神経を集中させ、夢から覚めようとした。
夢よ覚めろ。覚めろ、覚めろ。
いつも、こう強く念じる事で彼は目を覚ましていました。
ウィーン…という機械音。
小人が男の膝に乗り、見たこともない機械を近づけようとしている。
男をミンチにする道具だろう。

夢よ覚めろ!覚めろ!覚めろ!

目を固くつぶり一生懸命に念じる。
機械音が段々大きくなり、顔に風圧を感じた。
もうだめだ。

その瞬間、音が聞こえなくなった。
そう。男は、なんとか悪夢から抜け出す事ができたんだ。
全身は汗でぐっしょり。目からは涙が流れている。
恐ろしくリアルだったけど、所詮は夢だから…と、彼は自分に言い聞かせた。



しかし、これで終わりではなかった。
それから何年間が過ぎ、この出来事をすっかり忘れたある晩。
急に始まったのです。

「次は〜えぐり出し〜。えぐり出しです。」

あの場面からだった。
あの夢だ! 男はすぐに思い出した。
前回と全く同じで、二人の小人があの女性の眼球をえぐり出している。
この後の展開を分かっている男は、すぐに目覚めるよう念じ始めた。
しかし、今回はなかなか目が覚めることができない。
夢よ覚めろ!覚めろ!覚めろ!

「次は〜挽肉〜。挽肉です。」

あの機械音がどんどん近づいてくる。
夢よ覚めろ!覚めろ覚めろ!覚めてくれ!


ふっと静かになった。
どうやら何とか逃げられたと思い、目を開けようとした。
その時 。



「また逃げるんですか〜? 次に来た時は最後ですよ〜。」



あのアナウンスの声が、はっきりと聞こえた。
目を開けると、夢からは完全に覚めており、自分の部屋にいる。
最後に聞いたアナウンスは夢ではない。

彼は、確かに現実の世界で聞いていた。

彼が次にあの夢を見た時、どうなってしまうのか。
死んでしまうのなら、きっと心臓麻痺か何かで死ぬのだろう。
しかし、現実世界では心臓麻痺でも、夢の中では挽肉なわけです。





これで、僕の話は終わり。
最初に言った通り、これは『猿夢』と創作怪談なんだけど…。
実は、この話を聞いて実際に猿夢を見た人がいるんだ。
猿夢から、命からがら目覚めたやつはこう言っていたそうだよ。
「この『猿夢』と言う話自体が、切符だったのかもしれない」
ってね。



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猿夢
語り手:桜井家一

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