マイナスドライバー 脇坂 | ナノ 「うわぁ…Y怖ぇえ。」
「でも、その友人とやらもなんか自業自得って感じ。」
「そうだよね、なんかあんまり同情できないというか…。」
「しかし、あれだな。なんか、久々によくしゃべる嘉明見た気がするわ。」
「疲れた。」
「普段そんなに喋らないものね、お疲れ様。」
「学寮と言えば、俺が学寮にいたときにも奇妙な体験をしたな。」
「あぁ、安治も学寮だったんだっけ?」
「ああ。まぁ、学寮であった話ではないんだけどな。」
「どんな体験なんですか?」
「ん?気になるのか?じゃあ、丁度俺の番だし、俺はその時の話をしよう。」





俺が学寮に入っていた頃だから…七、八年くらい前の事だ。
部屋の湯沸し機が壊れて、全くお湯が出なくなったことがあってな。
大家さんに連絡したら「機械古いから、もう駄目になってるのかもしれない」って。
それで、その日は湯沸し機能を使わないよう言われて、次の日、大家さんが、業者さんに連絡してくれてたんだ。
点検してもらったら大家さんの予想通り。
ただ、古いから部品もないし、修理じゃなく機械そのものを交換の方がいいと言われて、大家さんも了承して、交換は明日ってことになった。
大家さんは、明日まで使えなくてごめんねって謝ってたけど、謝る必要なんてなかったのになぁ。
こっちだって散々使ってた訳だし、文句言える立場じゃない。費用も大家さんが持ってくれるっていうんだから、むしろ礼を言いたいところさ。

ただ、一日だけならともかく、二日もお風呂に入れないのはちょっとなぁ…。
それで、近くに銭湯があったことを思い出して、そこに行ってみることにしたんだ。



銭湯なんて行くのは初めてだったから、結構楽しみだった。
家と違って広い風呂だからな。なんとなくテンション上がるのは、俺だけじゃないだろう。
体を洗ってから、湯船に浸かる。風呂で足が延ばせるってのはいいなぁと、しみじみ思った。

そんなこんなでくつろいでたわけだが、ふとあるものに気付いた。
俺はそこの銭湯しか行ったことがないから、どこの銭湯にもある物なのかわからないが…湯船の横に階段があってな。上った先にドアがあったんだ。
俺は、なんとなくそのドアが気になってな。階段を昇ってドアの前まで行ってみたんだ。
なにせ客がほとんどいなかったからな。人目がなかったから、そんな気になったんだろう。


ドアノブの直下に、大きな鍵穴があった。
屈みこんで、鍵穴から中を覗いたんだけど、向こう側は何かに覆われて見えない。
なんだ、ツマらない。
その時は、そう思ってすぐに湯船に戻った。


散々広い風呂を堪能した後、風呂場から出る前にまたあの扉が目に入った。
今度は何か見えるかもしれない、なんて思ってな。もう一度、鍵穴を覗き込んでみたんだ。

そしたらな…見えたんだ。
ドアの向こうは、ぼんやりとした明かりで照らされている。
ボイラーとおぼしき器械が動いてるのが見えて、かすかに音が聞こえた。
普段目にする物ではないものを目の前にして、俺は夢中になって中を覗いていた。
しばらくそうやって覗いていると、ドアの向こうに何かの気配を感じた。
あー…覗いてるのバレたら、どやされるか?
そう思って、俺は目を離し身を引いた。
その瞬間。



鍵穴から、ものすごい勢いでマイナスドライバーが飛び出してきた。



飛び出した金属部分が、少しでも奥へと進むようにとでも思ったのか。鍵穴に通りきらないグリップ部分が扉に当たって、ガンガンと音を立てる。
グルグルと先端を回し、狂ったように乱舞していた。


俺は、それを呆然と見ていた。
しばらくすると、ぴたりとドライバーの動きが止まり、鍵穴の奥へと消える。
はっと、息が漏れた。その時、初めて自分が息を止めていたことに気づいたよ。
ここに居ちゃいけない。そう思って、その場から離れようとした時。


「………ちっ」


扉の向こうから、酷く残念そうな舌打ちが聞こえた。





もしあの時、少しでも身を引くのが遅かったら、俺の片目は完全に潰れていただろうな。
誰の仕業だったのか?
あぁ、俺も確かめたかったんだがなぁ。
しばらくしてから、あの銭湯に行ったら潰れてたんだ。だから、調べる術がない。
人の仕業なのか、あるいは人ならざるものの仕業なのかも、な。



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マイナスドライバー
語り手:脇坂安治

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