本の蟲 片桐 | ナノ 「呪いのビデオってホントにあるんじゃなぁ。」
「その内DVDやBRに進化してたりして。」
「でも、こういうのってビデオだから怖いんじゃない?」
「それは一理ある…。」
「まぁ、何も被害がなくてよかったよ。さて、次は誰かな?」
「えーっと…五番目―― あ、私か。」
「且元か。お前、怖い話とかできるのか?」
「あはは…痛いとこつくなぁ、安治。」





皆怖い話いっぱい知っててびっくりしたよ。
残念ながら、安治の言うとおり、私はそういう話は疎くてね。
だから、私が遭遇した不思議な話をしようと思う。
怖くはないかもしれないけど、話の半ばでもあるし、中休みってことで勘弁してもらえるかな?



これは一昨年の話なんだけど、丁度、レポート作成で忙しい時期だった。
冬休みにもかかわらず、大学の図書館に通っていたんだ。
膨大な蔵書数を誇る図書館、ってのが、大学の売りの一つだったからね。レポートの資料には事欠かなくて助かったよ。
ん?三成、気になるのかい?
興味があるなら、一度行ってみるといいよ。誰でも利用できるからね。


それで、その大学自慢の図書館なんだけど、実はあまり利用者が居なかったんだ。
冬休みってこともあったのかもしれないけど、その日は特に利用者が少なくてね。
PCや資料と向き合っている私、図書館の管理をしている先生、あと私についてきた弟の貞隆ぐらいだった。

貞隆は、最初は静かに本を読んでいたんだけどね。すぐに飽きたのか、私や先生にちょっかいを出し始めたんだ。
本を読んでいて、反応の薄い先生に貞隆はつまらなかったんだろうね。
先生は本の虫ですねぇって言ったんだ。

「いるよ?」

先生は、読んでいた本から視線を上げた。
「本当にいるよ、本の蟲。まぁ、生き物じゃないから、『在る』と言う方が正しいかな…。」
先生は、栞を挟んで読書を中断すると、僕らに『本の蟲』について話してくれた。


「図書館に寄贈される本の中には、タイトルも内容も書かれていない白紙の本が入っている。けど、ほとんどの人がそれには気づかないんだ。どんなに管理の厳しい図書館でも、必ず一冊は入っているらしい。もちろん、わざと入れてるんだけど…。」
先生は本棚を見渡す。
「これだけ沢山の本があるんだから、本から思念や言霊が滲み出してきてもおかしくは無い。それを『本の蟲』という。でも、そいつらは精神衛生上、人体にあまりよろしくない働きをする。知恵熱とか、焦燥感とか。時には命に係わる。それらを集める為に、白紙の本を置いておくらしい。」
そう言うと、先生は背を向けて本棚に向かい、何かを探し始めた。

「始めは白紙の本なんだけど、ずっと置いておくと、その本に『本の蟲』が集まる。そして、『本の蟲』がたくさん集まると、遂には白紙じゃなくなるんだ。文字の書かれた本になる。」

実はこの先生、冗談が好きでね。私は、また与太話を…なんて苦笑いしていたよ。
「……あ、あった。」
先生は一冊の本を持ってきた。
ハードカバーで、タイトルはない。古い本なのか、紙面は焼けて変色している。
先生は貞隆にその本を渡して、どう?面白そうだよ?なんて言っていた。
受け取った貞隆は、訝しがりながらも嬉々として読み始めた。
黙って静かに読みふける貞隆。
そのおかげで、私は作業がはかどったし、先生も静かに読書ができた。



閉館時間が近づき、私の作業もほとんど終わった。
先生にお礼を言って、帰り支度が済んだ頃。私は貞隆に、そろそろ帰るよ、と声をかけた。
でも、よっぽど集中しているのか返事がない。
そんなに面白い本なのか、と覗き込んで私は驚いたよ。
貞隆は延々と白紙のページを捲っていた。
ただ、まるでそこに文字が書いてあるかのように、目は延々と白紙を追っている。
「せ、先生!?」
慌てて先生に声をかけると、先生は、ああ、そろそろ良いか、なんて言って、貞隆の前までやってきて――


 パンッ!


と、目の前で猫だましを一発。
ハッと貞隆が我に返ると、先生は、本をひょいと取り上げた。
「もう閉館だよ、帰りなさい。」
何もなかったかのように、そう言ったんだ。



後日、貞隆は読み終わっていなかったから、と図書館で件の本を探したらしい。
いくら探しても見つからないから、先生に聞いたところ、
「あれは只の暗示だよ、暗示。『面白い本だよ〜』っていう暗示をかけたんだよ。」
と、あっけらかんと答えたんだって。
でも、なんか腑に落ちないよね。
だって、そうだとしたら、貞隆が読んでいたあの白紙の本はなんだったのか…。

貞隆は、本の内容については話してくれなかったけど、
「俺がそんな暗示なんかに掛かるか!…アレは――!」
って、仕切りに悔しそうにしていたよ。





これで、私の話は終わりだよ。
あ、そういえば図書館では静かに、っていうのには、理由があるんだって。
…周りに迷惑がかかるから?
うん、それもあるけど、他にもあるんだって。
それは――

「本の蟲が、びっくりして目を覚ますからなんだってさ。」



---------------
本の蟲
語り手:片桐且元

×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -