ちぐはぐ 高(→←)嘉 | ナノ 大学パロ
嘉明→建築学部
高虎→准教授 担当建築学部










扉を開いて出くわしたものは、心地よい温度に調整された暖かい空気だった。
その空気は、冷えきった体を暖かく包み込こむ。
嘉明は部屋に入り込むと、暖かい空気が逃げないよう、素早く扉を閉めた。


部屋を一瞥するが、あるものは本、資料、設計図…それと設計に使う道具。壁も床も、全てそれらに覆われている。
部屋の片隅には、書斎机が置かれているが、その机もパソコンと大量の資料で埋まっていた。唯一片付いている所と言えば、来客用に置かれている中央の机、向かい合わせの黒いソファーとその周辺だけだ。
嘉明は荷物を来客用の机に下ろす。コートを脱ぎ、ソファーに腰掛けると、机の上に置かれている電気ケトルのスイッチを入れた。
程なくしてお湯が沸けると、据置かれている紙コップに手慣れた手つきでココアを作り、一口すする。
手にしたココアがこぼれないよう器用にソファーに寝そべると、鞄から次の講義のテキストを取り出し、静かに目を通し始めた。


しばらくテキストをめくる音だけが部屋に響いていたが、軋むようなドアの開閉音がその手を止めた。嘉明はちらりと視線を音の方へ向けるが、入ってきた人間が誰かわかると、直ぐにテキストへ視線を戻した。
しかし、侵入してきた相手は嘉明を無視することはできなかった。男は顔をしかめると、彼からテキストをひったくった。
「おい、なんでガキがここにいんだ。」
「ガキなんてここにいない。」
ひったくられたことに対して苛立ったのか、はたまたガキ呼ばわりされたことに苛立ったのか。眉をひそめ、ぴしゃりと彼の言葉をはねつけた。
嘉明の反抗的な態度に、男は少々ムッとしたようで、嘉明を見下ろす。
些か目つきが悪いためか、じっと睨んでいるようにも見える。
「…なんで、嘉明がここにいるんだ。さっきまでいなかったろ。」
「嫌なら出てけ。」
「ここは俺の研究室だっての。」

そう。先程まで、さも自分が部屋の主のように振舞っていた嘉明だが、彼は部屋の主ではない。現に、間違いなく扉の横には『藤堂高虎 准教授』という表札が付いているのだ。
しかしここ最近、一生徒である嘉明が、何か用があるわけでもないのに、この研究室に訪れようになった。
最初は他の場所と同様、物が散らかっていたソファーや来客用の机が徐々に片付けられ、いつの間にか買った記憶の無い紙コップやココアが常備されるようになっていた。
いつしか高虎の不在の時や帰宅の時以外、入り浸るようになり、片づけたソファーはもはや自分の領土。その上、部屋の主に対してこの態度である。
高虎は深く溜息をつくと、もういい、と手にしていたテキストを嘉明に放り、書斎机のある奥へと足を向けていった。


ふと横を通り過ぎた高虎から微かに感じた独特の香りに、嘉明は顔をしかめる。
「…煙草。」
高虎が煙草を吸うのは、決まって考えごとをする時だ。部屋が暖かかったのに、誰もいなかったのは煙草を吸いに行ったためだったのだろう。
「あ?あぁ。」
不快を示す嘉明を余所に、高虎はマグカップを持って引き返してくると、まだ暖かいお湯をカップに注いだ。湯気と共に漂ってきた香りからして、コーヒーだろう。
煙草同様、それが持つ独特の香りが苦手な嘉明は、それを紛らわすようにココアを口に含む。
コーヒーを口に含みながらその始終を見ていた高虎は、ふっと笑みを浮かべた。
「やめとけよ。ガキには早い。あと、折角の綺麗な顔が台無しになるぞ。」
からかいの意も込められた忠告に、嘉明は苦虫を噛み潰したような顔をした。

嘉明は小柄で、とても整った容姿をしており、指摘されることは多々ある。しかし、幼い頃その容姿をからかいのネタにされていた彼は、そのことを酷く嫌っているのだ。
もちろん、高虎はそれを知っている。知っていながら指摘しているのである。

「嫌なやつ。」
「勝手に他人の研究室占領するやつに言われたくはないな。」
「最低。最悪。」
「そんなに嫌なら出て行きゃいいだろ。俺はガキと違って忙しいんだ。」
ポンポンと頭を軽くたたくと、書斎机へ足を運び、背を向けたままひらひらと手を振る。そんな彼の態度に、嘉明はさらに渋い顔する。

(そうやって、あんたは何も教えてくれないんだ。僕のこと軽くあしらって、ごまかして、いつも子供扱いして…。あんたのそういうところが…)
「大っ嫌いだ。」

吐き捨てるように言うと、コートと鞄を掴み、足音を荒らげて出ていてしまった。



「そうやってムキになるところが、ガキだっての。」
もはやおなじみとなっている出来ごとに、溜息をつく。本当は、嘉明が何を求めているかわかっている。

対等な立ち位置にしてほしい。
構ってほしい
自分のことを話してほしい。

本人の口から聞いたことはないが、それとなく感じ取っていた。
それと、一度本人に指摘したことがあった。構ってほしいなら素直にそう言えと。
嘉明は、勿論否定してきた。しかし、その否定は必要以上に冗長で、否定しているにもかかわらずどこかぎこちない。とても嘉明らしからぬものだった。
その反応からすれば、多分自分の考えは間違ってはいない。
彼は素直になれず、意地を張っているだけだろう。

分かっているなら構ってやればいいじゃないか、と思うだろう。
しかし、頭で理解していても、一度身にしみついてしまった態度というのは、なかなか改まらないものである。
(不器用なのは、お互い様か。)
どうしたものかと、入れたばかりの珈琲を一口すすると、いつもと変わらないインスタントの味が口に広がった。
ふと、たまにはモカジャバにでもしようかとココアの袋を手に取ると、それがとても軽いことに気づいた。

(…帰りに補充用、買うか。)

別に自分が飲むわけではない。
ただ、先程出て行った彼が、きっとまた懲りずにこの部屋に来るだろうから、である。



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