さよならは突然に 忠家と春家 | ナノ 春家→直家











俺は、兄上が恐ろしかった。

どんな相手も平気な顔で陥れる兄上が、失態を犯したにも関わらず自分を生かし続ける兄上が怖かった。いつか殺されるという思いが捨てきれず、いつも怯えていた。
そんな恐怖を抱え続けることに耐えられず、思いを吐き出すことのできる唯一の救いを双子の弟に求めていた。それは事実だ。
だが、いつまでも、こんなことを続けてはいけなかったのだ。
向き合おうとせず、逃げてばかりではいけなかったのだ。

俺は、いつもの様に春家に兄上のことを相談していた。
泣き言を言う俺に、いつも思い込みすぎだの、大丈夫だのと言うだけの春家。
いや、それだけいい。
それだけでも多少の安堵が得られるものである。言葉の力は偉大だ。
それで、俺が少し泣いて、すっかり冷めてしまった茶を二人で飲んで、二人で笑いあって。
しかし、今日は違った。


「いっつも思ってたんだけどさぁ  それ、自慢?」
「え…?」
春家の思いがけぬ言葉に、俯いていた顔を上げる。これが自慢?
自分の生死が、本気でかかっているかもしれないというのに自慢?
何故?どうして?
どこをどうとったらその様に解釈できるのか俺にはわからない。
聞きたいことが山ほど頭の中を渦巻くが、こちらが口を開く前に、春家は俯いたまま言葉を続けた。


「あのさぁ兄様が忠家のこと嫌いで殺すつもりならとっくに殺してるに決まってるでしょ?兄様にはそんなこと造作もないことなんだよ?わかる?わかってるでしょ?忠家だってずっと兄様の傍にいたんだからわからないはずないよね?兄様が忠家を殺さないのは忠家が兄様のお気に入りなの。なのに兄様にきっと殺されるいつか殺されるとかなんとか言ってさ。自慢?自慢なの?殺されて当然の身分なのに生かしてもらってるって自分は兄様のお気に入りなんだって兄様に愛してもらってるんだって自慢してるの?」


「は、春家?」
明らかにおかしい春家の様子に、思わず声をかける。俯いたままの春家の表情を伺うことはできないが、徐々に声色が落ち、息つく間も無く言葉を発し続ける春家が、純粋に怖かった。
しかし、まるでこちらの声は聞こえないと言うように、春家の口から滑り出る言葉の羅列は止まらない。

「可哀想な兄様。ただ震え、脅え、兄様に対して恐怖しか抱いていないこんなやつを褒めて、愛でて、愛情を注ぐ。何の見返りもないというのに。その愛情をどうして僕に向けてくれないのかな?僕の方がずっとずっと兄様を喜ばせてあげられるのに!僕の方がずっとずっとずぅっと兄様を慕っているのに尽くしているのに愛しているのに!!なんで?なんで、なんでなの、ねぇなんで!!!!」

両手を、畳が音をたてるほど強く叩きつけた。その反動で椀が倒れ、残っていた茶が畳を染める。そんなことも気に止めず、尚、畳を叩きつける。何度も、何度も何度も何度も。
「はる、いえ…!春家、春家っ!」
おかしい、おかしい!違う、いつもの春家ではない!
必死の呼び掛けが伝わったのか、春家の両手の動きがピタリと止まり、ゆるりとこちらを見た。


瞬間、背筋が凍った。


特徴的であるたれ目がちな目元は、何も写していなかった。光を失った目でこちらを見る春家の目には、憎悪の色がにじみ出ている。
産まれたときから一緒にいる、片割れの見たことのない顔。
知らない、こんな春家知らない。春家じゃない、誰だ。
「もうね、嫌なの。嫌になっちゃった。だから、だからね、」
ゆらりと立ち上がり、その目元に不釣り合いな笑みを浮かべ、音も立てず抜かれた太刀が光る。
恐怖と危機感が感覚を身体を頭を支配し、脳内でガンガンと警鐘が、震えで上手く噛み合わない歯がカチカチと鳴る。
身体が、動かない。言葉が、声が出ない。


「僕が、忠家になる。」


瞬間、滲み出ていた目の雫が溢れ落ちた。



---------------
さよならは突然に
春家→直家はこの作品だけの特殊設定です

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -