安寧 長吉と光泰 | ナノ 「お前さんはあれだな、愛嬌がねえな。」


それは、暖かい日差しが差し込む昼下がりの縁側。一局いかがかと長吉に誘われた光泰は、それを享受していた。そんな中、碁盤を見つめ、次はどうくるかと考える長吉に、ふと投げかけられた言葉だった。

言葉に反応するように、長吉は光泰の手によって置かれた碁石から視線を外すと、顔を上げた。
光泰の言葉を別に不快とは思わなかったのか、特に表情を曇らせてはいない。
「不快に思われたなら申し訳ない。こればかりは根からのようで。」
長吉が素直にそう答え、少し頭を下げると、光泰はくっと喉の奥で笑った。
笑われるとは思っていなかった長吉は、何か可笑しいことでも言っただろうかと思わず首を傾げると、光泰は失敬、と話を戻した。
「いや、自覚してるたぁ思わなくてな。」
真面目に返されたことがそんなに可笑しかったのか、光泰からは未だにくっくっと抑えられた笑い声が漏れている。

実は長吉は表情が乏しいから理解し難いだけで、内心では腹立たしく思っている、と言うわけではない。長吉は本当に光泰の態度を気にしていなかった。
光泰の言っていることは間違っていない。長吉の表情はあまりに乏しい。取次に多く関わる人間として、自覚しているなら治すべきことだろう。
もし、自分のことではなく、他人のことで有れば、自覚していないのではないかと長吉も思うだろう。
だから、別に腹を立てることでもなかった。

長吉は碁笥へ手を伸ばすと、中に入っている白石を、その白さに負けず劣らぬ白い手で取った。
「他人に比べると、多少感情が表に出にくいことは自覚していますが…どうにも直らず…。」
やや殿に言わせると、多少どころではないとのことですが。
そう付け加えると、光泰は今度こそ笑いをこらえきれなかったのか、ふきだした。
そんな光泰をしりめに、長吉は碁石を打つ。二人の間にある碁盤は、既に多くの白と黒に埋められていた。


光泰は一呼吸おくと、なんとか笑いを収めた。ふっと息を吐き、顔をあげると長吉と視線が交わった。
「お気になさらずに。」
「すまんな。」
「いえ。」
光泰は気持ちを落ち着けるためか、懐から煙管を取り出すと、吸ってもいいかと目で問う。
長吉が特に気にする様子もなく承諾したため、光泰は懐から小さな箱を取り出すと、中から煙草取り出し火皿につめた。

「お前さんの場合、能面で物言いは率直だが立ち振る舞いは柔らかだ。」
続けて火皿に向けて火打ちを打つと、白い煙が立ち上った。吸い慣れているためか、実に手際が良い。
「だから反感を買うこたぁないだろうが…。」
碁笥から黒石を取り出し、碁盤を見渡しながらすっと煙管の管に口を付けた。
一時の沈黙。
ふっと白い煙が吐き出された。
「もーちっと、笑うようにしたらどうだ?」
ぱちり、と碁石を置かれた碁盤が気持ちの良い音を立てた。
「私も、その方が賢明だと思います。」

長吉は取次役として、緊張の最中敵対勢力の使者と交渉することは珍しくない。そうなると、時に相手の緊張をほぐすことも必要となることもある。
笑顔は多少なりとも他人の緊張を解すことが出来る。
やはり多少は意識し、改善するべきであろう。
「んん。まぁ、その方がお前さんの仕事には良いだろうってのもある…が。」
こん、と煙管を縁側の縁に叩く。燃料を失い灰と化した煙草が地に落ちた。


「俺は単に、お前さんの笑顔が見てみてぇと思った。それだけだ。」


光泰はそう笑った。
その言葉を受け、長吉は口元に手を当てると、顔を伏せた。
暫しの沈黙の後、彼はふと手を外し、顔を上げる。
「こうですか?」
口の端をくっと上げるが、その笑顔はどこかぎこちなく、笑顔と言うには少し不気味だった。どうやら笑顔を作るのは苦手なようである。
「…まぁ、無理はしなくていい。」
「善処します。」
いつもの無表情に戻り、碁盤に視線を移した長吉に、光泰は苦笑いを零した。
庭には盛りを終えた桜の花びらが舞い、鶯が鳴いている。
ぱちり、という碁石を打つ音が静かに響いた。



「…なっ!?お前さん、その手待った!」
「待った無しです。」



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