延期された休息時間 桜井と兵助 | ナノ 兵助→孫六










友情より愛情、とはよく言ったものである。
城下の茶屋で一人、茶をすする桜井佐吉は思った。


ここのところ多忙が続いた中、久方に出来た暇。
本来ならば同室の石河兵助と共に、城下へ買い物に出る予定だった。
まぁ、買い物というのは建前であり、実のところ溜まりに溜まった不満を聞いてもらうためである。
いつまでも仮面をかぶり続けることは心身共に負担が掛かる。
解消していかなければ、それはいつ爆発するかも分からないのである。
そこで唯一、自分の本性を知っている兵助に対し、不満をぶちまけることで心のゆとりを取り戻す。

勿論タダとは言わない。

自身の愚痴を聞いてもらう代わりに、こちらもそれなりの代償を払っている。
目には目を、歯に歯を、傾聴には傾聴である。
何を聞くのかというと、兵助の色恋の話である。


兵助は同じ小姓衆である加藤孫六に思いを寄せていた。
孫六は確かに綺麗な顔のつくりをしているとは思うが、男だ。
正直あんな無愛想な餓鬼のどこがいいのか、僕には理解不能である。
普段は煩わしいほどに明るく活発な兵助であるが、孫六の前だといつもの元気はどこへやら。
気持ちが高揚しているのが一目で見てとれ、緊張の為か動作はぎこちなく、会話一つで浮きもすれば沈みもする。
その姿はさながら恋する乙女…なんて、気持ち悪いだけである。
そして、彼はこのことを知っているのは僕だけだと思っている。
そんな態度で周りには気付かれていないと思っているのだから、よっぽど鈍感なのか…ただの馬鹿か。

そんな訳で、このことを唯一知っていると思いこんでいる僕に対し、その微塵も興味がない色恋話をするわけである。
重要なことなのでもう一度言おう。気持ち悪いだけである。
しかし、その話をきちんと聞いてやるだけでもありがたいと思って頂きたい。
例え僕の口が悪く、文句を言いつつも、だ。



しかし、今回このお互いの有益なる時間を兵助は放ったのだ。
理由は簡単。この時間よりも有益になることができたから。
つまり、孫六関係のことである。


僕らが外出の準備をしていたところ、ひょっこりと顔を出した小さな彼はただ一言こう言った。

「猫…いますか?」

最初はなんのことか分からなかったが、すぐに思い当たることができた。
最近、怪我をした猫を孫六が拾って来たのだ。
怪我が治るまでということだったのだが、猫は孫六を気に入ったのか、屋敷にいついてしまった。
どうしたものかと思ったものだったが、秀吉様が別に良いとおっしゃったならば話は別である。
猫は晴れて羽柴家の一員となったのだった。
多分、その猫を探していたのだろう。

ここには来ていないこと告げると、ぺこりと頭を下げ、辺りを見回しながら廊下を駆けて行った。
そして、そんな孫六の様子を見つめる兵助。
既に嫌な予感はしていた。

ごめん、と一言言い放ち、此方の返事も聞かずに彼は部屋を飛び出していったのだ。
孫六の猫探しを手伝うために、だ。


こうして、僕は貴重な息抜きの時間を失うはめになったのである。
そんなことをしてもどうせ無駄だというのに…さっさと思いを告げて撃沈してしまえ。

「…絶対、埋め合わせさせてやる。」
低音で呟かれた声は誰に聞こえるわけもなく、空に消える。
ため息を一つつくと、串に刺さった最後の団子を口に放り込み、熱いお茶と共に喉まで押しあがった不満も一緒に流し込んだ。

「お姉さん、御馳走様。」

奥にいる女性にいつもの笑顔と団子の御代を残すと、城下へと繰り出していった。



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延期された休息時間

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