落ちる前にさよならを 紀之介と兵助 | ナノ 特殊設定有










秋の虫達が奏でる音が聞こえ、眼を開けると薄暗い森の中だった。
ホタルの光だけが辺りを照らす。
辺りを見回していると、まるで此方へおいでという様に、後ろに一本の道が続いていた。
(あぁ、またこの夢か。)
幾度となく同じ夢を見てきたので、迷わずその道を進むと、月明かりが目に映った。
出口だ。
森を抜けた瞬間目を奪う、最初と同じく幾度となく見てきた景色。
それは、足元を埋める一面の彼岸花。
しかし、毎度毎度見かけるそれに足を止める事はしない。その先にある物が重要なのだ。
ザクザクと躊躇せずに足を踏み出し、足元の赤を潰していく。

(ここは…。)

彼岸花の浸食が止まっていたのは、小姓長屋の入り口だった。
入口には骸骨が佇んで、じっ…と中を見つめている。笑いもせず、泣きもせず、ただじっ…と。
手を伸ばし、その骸骨の頭部に触れると音もなく砂と化していく。
そして、それと同時に目覚めることも知っていた。



「…。」
ゆっくりと目を開けるが、辺りはまだ暗闇に包まれていた。
隣では、佐吉が静かな寝息を立てている。なるべく音を立てぬように身を起こし、懐のモノを確認すると、そろりと部屋を抜け出し長屋の入口へとむかった。
夏から秋に差し掛かるこの時期、昼間は暑いが、夜は寒い。夜着一枚で出た為か少し肌寒かった。音を立てない様に足を急がせる。
着いた。入口付近を見回したが何もない。
「…外れたか?」
外れたなら外れたで、その方が良いのだが…と思った次の瞬間。

― ズリッ…ズリッ… ―

何かを引きずる音が、微かに聞こえてきた。

― ズリッ…ズリッ… ―

少しずつ、確実に此方に近づいてくる事が分かる。
懐に手を差し込み、神経を集中させて、闇に目を凝らす。
徐々に近づいてくる人影。その輪郭をはっきりと捉えたとき、眼を見張った。


「…兵助。」
「…きのすけ?」
そう、同じ長屋で長年過ごした仲間、石川兵助だった。
兵助は一瞬、驚いた顔をしたものの、直ぐに久しぶり、といつもと変わらない笑顔を向けてきた。胸に針が刺さるような痛みが走る。

あぁ、そうか。だからあの夢でもじっとこちらを伺うだけだったのか。
中に入ることもせず、じっと、見守るように。
あんな遠くから、此処まで遠かったろ。辛かったろ。会いたかったろ。
でも、許すことは出来ない。彼が此処にとどまっても、災厄を引き起こす種になってしまうから。
今まで何度も見た同じ夢は、全て災厄の種を示すものだったから。

「ごめんな、兵助。中には入れられんのじゃ。」

そう言って、黒く窪んだ左目から血を流し、蜃気楼のように揺らめいた彼に向って、懐の御札を突き出した。


消える直前、彼は悲しげに笑っていた。
声は聞こえなかったが、その口の動きは確かにごめんと言っていて。
「何故お主が謝るんじゃ…お主が謝る必要は、ないじゃろうが。」
彼の笑顔を思い出して、また胸が痛んだ。



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落ちる前にさよならを
霊的現象を夢で予知して回避できる大谷さんと、死んでも賤ヶ岳から帰ってきた兵助。

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