僕にできること 権平と孫六 | ナノ 平野権平、不覚にも風邪を引きいたし候。

水無月に入り、梅雨を迎えたことでもたらされた雨。それまでは暖かな日が続いていたが、うってかわって肌寒い日が続いた。
この気温差に、体がついていかなかったのだろう。
ただの風邪ではあるが、広まらないようにと自室養成を命じられた時は、我ながら情けないと思った。


朝、布団とは違う温もりに気づいた。外は雨が降っている様子なのに、何だか、やけに暖かい。
目を開けると目の前に広がる艶やかな黒髪。自分より一回り小さな体が、しがみついている。

「…孫六?」

しがみついている物体は、権平の同室者である加藤孫六であった。
「何でここに…。」
本来、同室である彼がいることに驚くことはない。しかし、今、この部屋に孫六がいるのはおかしいのである。
権平が風邪を引いたことで、同室の彼は風邪が移らないようにという配慮のもと、今は虎之助と市松の部屋に厄介になっているはずだった。
その筈の孫六が、今何故か自分の布団に転がり込んでいる。

「孫六、寝てる?」
胸元に埋まる頭が微かに振れる。
起きてる。
「風邪、移るから離れた方が…。」
言い切る前に回された腕にぎゅうっと力が入る。何かあったんだろうか?
孫六が落ち着くよう、頭を撫でてやる。

「虎之助や市松に虐められたか?」
「…。」
「お寧々様や兄さん方に叱られたか?」
「…。」
「怖い夢でも見たか?」
「…。」
ぎゅうっと力が込められた。
当たりか。
「大丈夫。夢だろ?」
赤子をあやすように背中を軽く叩き、擦ってやる。

「……は…だ。」
「ん?」
「独りは、嫌だ。」

たったそれだけのこと。
それなのに、呟いた言葉に何故か重みを感じた。
俺は切れ者ではない。だから、その言葉の裏に何があるのか、俺にはわからないので、ただ言葉通りに受け止める。
多分、孫六もそれをわかって俺に言っている。だから、余計なことは考えないし、深入りもしない。


「大丈夫、ここにいる。俺も、お前も、皆も。」
腕の中で小さく頷いた孫六を撫でてやる。
しばらくそうしていると、彼の体温による暖かさによって再び眠気が襲ってきた。
孫六も、いつの間に寝息をたてている。
これで孫六も風邪を引いたら、孫六も自分も叱られるだろうな。
そう思いつつも、先程の孫六の様子から引き離すのも気が引ける。そして、それ以前に、もう孫六を引き離す力が入らないほど眠気が襲ってきていた。

すまない親友、今の俺にはこの状況を打開できない。
だから、叱られたときは、大人しく二人で叱られようじゃないか。

「おやすみ、孫六。今度は良い夢を。」

もう一度頭を撫でてやり、重みを増した瞼に従って大人しく目を閉ざした。


その日のお昼は久々の晴れ間が広がり、空には虹が掛かった。



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僕にできること
周りの人が消えてしまう夢を見た孫六

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