涙のち晴れ 虎之助と紀之介 | ナノ 稽古を終え、部屋に戻ろうと廊下を歩いていると、黄朽葉色の髪の見覚えのある顔が向かいからやってきたのが見え、眉をひそめた。
最近、秀吉様の元に出入りを始めた小西行長という男。
俺はこの小西と言う男が嫌いだった。
面を張り付けたように親しみのある笑みをし、動きはどこか道化染みており、心にもないことを次々に出してくる弁舌を披露する。
常にそんな態度をとる奴が嫌だった。

小西と言う男もまた、俺のことが気に食わない様であった。
いつもは完璧なまでに覆い隠している性悪さを俺の前では隠そうともせず、喧嘩を吹っかけてくる。
それは今日も例外ではなく、不快感を抱く言葉を焚きつけてきた。
達者な口から次から次に出てくるものは、いつもの美辞麗句ではなく嫌味や罵倒。
勿論、こちらも黙っているわけはなく、応酬する。
が、奴は俺よりも七年早くこの世に生まれていて、その上、口達者でなければ生きていけない世界で、十数年生き延びてきているのである。
人生経験という差。口で敵うわけがない。
結局、今日も言い負かされた。そこまではいつも通りだった。


しかし、結末はいつもと違っていた。
余りの言い草に怒りで我を失った俺は、涙腺が崩壊。
奴に一発平手を打ちかまし、その場から逃げ出してしまったのだった。



普段人の通らない馬屋の裏で声を殺して泣いた。
次から次へ、ぼろぼろと零れ落ちる涙をなんとか止めた。
泣き腫らしたのか、止めようと試みた結果なのか。目の回りが腫れているのが見なくても解った。
こんな姿、誰にも見せられないな、と泣き疲れたのかぼんやりとする頭で考えていた。
大分頭が冷えてくると、いくらなんでもさっきの自分の行動は幼すぎたことに気が付き、今更ながら後悔した。

「情けない…。」

口で打ち負かされ、勝てないとなると手を出し、耐えられず、逃げ出した。
これほど情けないことがあるだろうか。
「…っ。」
そう思うと、これでもかと言うほど機能していたはずの涙腺が、またもや緩み始め、眼頭が熱くなってきた。
その時であった。


「おや、お虎じゃないか。こんなところで何をしておる。」


不意にかけられた声に驚いて顔を上げてしまった。
その為、眼をパチクリさせた紀之介兄さんとばっちり眼が合ってしまった。
よりによって、情けない顔をばっちりと。
自分の尊敬している人に。
「あ、き、紀之介兄さん、これは、その。」
慌てて眼を拭おうとすると、手を掴まれて止められてしまった。
「眼が真っ赤になっておる。それ以上擦ると、もっと酷くなってしまうぞ。」
少し待っておれ、と言うと一旦席を外し、手ぬぐいを持って戻ってきた。
押しつけられた手ぬぐいはひんやりと湿っており、腫れた目には心地よかった。

「面倒をおかけして、すみません。」
「普段我慢強いお虎がそんな姿しとったら、ほっとけんわ。」
そう言うと、紀之介兄さんは隣に腰を下ろした。
「弥九郎じゃろ?」
相手を見透かされ、ドキリとする。
顔や態度に出ていたのか、紀之介兄さんはくすりと笑った。
「見事な紅葉をこさえておったからのう。」
思い出したのか、くすくすと堪えられない笑いを漏らしている。
「情けない限りです…あんな形でしか反撃できなかった。」
そういいつつも、小西が紅葉型をつけている姿を思い浮かべ、ざまあみろと思う点、自分もまだまだ子供だと思った。
「いやいや、弥九郎相手にお虎は毎回頑張っておるよ。」
そう言って俺の頭を優しく撫でる。
子供扱いされるのは好きではないが、紀之介兄さんが相手だと何故かそんな気がしないのが不思議であった。


大分眼の腫れも引いた頃は、落ちかけていた日は身を隠していた。
「紀之介兄さん、あの、このことは…誰にも…。」
「わかっておる。」
俺の頭を軽くポン、と叩くと、腰を上げた。
「そろそろ夕餉じゃ、戻って手伝わねばのう。」
その言葉に頷き、俺も腰を上げて後を追う。
手に握ったすっかり冷たさを失った手ぬぐいが先程の惨めさを語っているようで、こんな情けない真似を繰り返さない様、強くならねばと心に誓った。



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涙のち晴れ

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