黄泉帰り 荒井と清瀬 | ナノ 学怖S 荒井7話清瀬ED後










ふと気付くと、薄暗くカビと埃と少しの木のにおいが充満している空間にいた。
ここは…どこだ?
そうだ、旧校舎だ。
人の体を取り戻すために、ここへ最後の生け贄である倉田恵美を誘いこんだのだ。

…体。僕の体はどうなったんだ。
体のあちこちを動かし、手を握り締めた。
関節を曲げる度に鳴るギシリという無機質な音もない。
触れて物を感じることのできる触覚がある。
手を握り締めれば皮膚に爪が食い込み痛みを感じる痛覚がある。
人形の体には無かった感覚が次々に蘇る。
13年という長い年月を得て、人の体を、元の姿を取り戻したのだ。
そのことを実感し、じわりと視界が霞む。
その時、視界の隅にある物体が動いた。

「よかったね、荒井君。」
血濡れ、正確には血糊まみれになった体がむくりと起き上った。
清瀬尚道。
彼は死んでなどいなかった。
殺したというのは嘘。だって彼は僕の秘密を元々知っていたから。
彼は生け贄ではない。知り合ったのは2年前、当時の生け贄であった男の知り合いだった。生け贄となる人間にしか知覚できないはずの僕を初めて認知した人間。
僕の正体を知っても、彼は僕と変わらず接してくれた。そして、僕が生き返るための協力者となってくれたのだ。
今回の倉田恵美を旧校舎に誘いこむというのも、彼の提案だった。

「ありがとうございます。なんとお礼を言っていいやら…。」
「いいよ、今更お礼なんて。荒井君のためだもの。」
彼はくすくすと笑う。
「それにしても、何で刺さなかったの?別に刺してもよかったのに。」
その言葉に、眉をしかめた。
「…別にいいでしょう。結果として、全て上手くいったんですから。」
「うん。でもさ、面倒だったでしょ?血糊とか、演技とかさ。」
別に荒井君が生き返るなら、俺は死んでも良かったのに、なんて言って笑っている。
彼の言葉に、思わず目を見開いた。

なんですかそれは。
冗談だとしても笑えない。

気の抜けた笑顔をしている彼へ体を向け、空いていた距離をぐっと縮める。僕より背の高い彼をじっと見つめ、両手を伸ばした。
「荒井君?」
そんな僕に驚いたのか、少し息を詰め、頬が少し赤み帯びる。
熱を持った頬に僕の手が触れ、そして、



そのまま彼の頬を摘まみ、引っ張りあげた。



「!? いひゃっ!いひゃいいひゃい!」
「…あなた、頭は良いのに本当に鈍感ですね。」
しばらくぐいぐいと彼の頬を引っ張って玩んでから、手を離す。
彼は目に涙をため、少し赤く染まった頬を擦っていた。
「いったぁ…鈍感って?何で?」

何でだって?
あなたが僕に気付いた時、どんなに嬉しかったことか。
あなたと過ごした日々が、どんなに楽しかったことか。
あなたの笑顔をみて、どんなに愛しい思いを抱いたことか。
今、あなたに触れる事が出来て、あなたの体温を感じる事が出来て、あなたの声が聞けて、あなたの匂いを感じて、あなたの全てを五感で受け止める事が出来て、泣き出しそうなほど嬉しいというのに。

あなたが居なければ、何の意味もないことにどうして気付かないのか。


そんなこともわからないなんて鈍感以外の何物でもない。
「もういいです、父さんの所へ行きましょう。」
深く溜息をつき、出口へと足を向けた。
「あっ!ちょっと待ってよ、荒井君!」
動かした足を止めることなく出口へ向かう。やかましい音を立て、慌てて後を追ってくる気配がした。

旧校舎から出ると、遮るものもなく浴びせられた日の光に目を細めた。
ふと、手に触れた温もり。僕より一回り大きい、暖かな手が僕の手を包む。顔を向ければ、僕の好きな優しい目を携えた彼。
その優しい笑顔に、僕も思わず笑みを浮かべた。



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黄泉帰り
あなたがいたから、かえってきました。

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