記憶という悪夢 水影 | ナノ 暴力表現有り










湿った空気。暗闇に灯る蝋燭。自由を奪われた腕。繋がれた鎖。
梔子の花の香りがふわりと香る。

ゆらゆらと揺れる蝋燭に照らされ現れた、黒髪の長い美しい女。
正確に言うと、女だったもの。女の額には角が生え、美しかった漆黒の瞳は血の様な赤色に染まっていた。
「御一人にして申し訳ございませんでした、水影様。」

女はとても愛おしそうに私の頬に触れてきたが、未だ自由である足で女を蹴飛ばした。
素直じゃないお方、と微笑む彼女に対し、憎悪が湧いた。睨みつけるが、そんなもので怯む女ではない。
むしろ、私の意識が自分に向いたことによって喜びを感じているのか、頬を染め、ウットリと此方を見つめてきた。
気色悪い。

「解放しろ。」
「どうしてですの?お食事にはお困りしないでしょうし、私には貴方様がいるだけで幸せ…。貴方様も同じように私が御側に居れば幸せでしょう?」

側にいれば幸せ?
自分の友人を殺した女が側にいて、幸せだと?

余りの怒りに身が震えた。
初めて人に対して本気で殺してやりたいと、心の底から殺意を抱き、女の顔を思い切り蹴り上げた。
女は蹴りあげた際に出来た傷の血を拭うこともせず、哀れみの目を向けてきた。
「可哀想な御方。お気持ちが私に向きつつも、足が言うことをきいて下さらないのですね。
…そうですわ、足というものはもう貴方様には必要ありませんわね。これからずっと、私の御側にいるのですから、どこにも行く必要はないですもの。」
何を訳のわからないことを、と思った瞬間。



ゴキン、と鈍い音が響いた。



「―っあ゙ああ゙あ゙ぁあぁぁあああ゙あ゙!!!」

余りの痛みに声を上げるが、そんなことを気にも留めないともう片方の足にも触れる。
やめろ!と抵抗を示すと、がしゃがしゃと繋がれた鎖が擦れ合う音が反響する。
突如、乾いた音が辺りに響いた。
頬がじんと痛む。
苛立った女が、頬を叩いたようだった。

「暴れないでくださいませ、折角素敵な貴方様のお声が聞こえませんわ。」
困ったように眉を下げ、頬を染める女を見て愕然とした。


こいつは気が狂っている。


私が唖然としているうちに、釘を鎖に打ち込み、拘束された手首が壁と密着するように固定していた。まるでなんてことも無いように、躊躇無く私の残りの足を折った。
これが悪夢の始まりだった。



足という抵抗手段を失った私はあらゆる方法で彼女に抵抗した。
しかし、相手は過大妄想の気狂い女。

「御手がいうことをきいてくださらないのですか?仕方のない御方…そんな御手間のかかるところも私は愛おしいと思っていますわ。」


「貴方様の御声はとても美しくて好きなのですが、私を傷つける言葉しか出せないのならば要りませんよね。大丈夫です、貴方様が本当は私を思ってくださっているのは解っていますから。」


「どうして私を見てくださらないのでしょう?貴方様が見ていいのは私だけでしょう?他のものなんて見る必要はないでしょう?…貴方様の綺麗な瞳…大切に飾って、いつでも私を見つめてくださる所に置きますわ。大丈夫、盲になろうとも私はいつでも御側に居ますわ。」


止めろと言いたくても出ない声。
顔の位置を固定され、女の手が瞳へと近づいてくる。








グジュリ。







「―――っ!!」
バチリッと目が開き、跳ね起きる。
思わず周りを見渡すと、いつもと変わりのない自分の部屋であった。
夢、夢だ。違う。あの女はもういない。

しかし、夢だと解っていても全身が冷や汗をかき、手足が震え、荒くなった息は未だに落ち着く様子がない。


するはずのない梔子の花の匂いがした気がして、吐いた。



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水影のトラウマの話。

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