理由 嘉明と高虎 | ナノ 夏が終り、すっかり冷え込むようになった秋の朝。
差し込んだ光によって朝露によって草木が輝く。
早くに目覚めてしまった加藤嘉明は、宿場から少し離れた小高い丘へと向かい、これから向かうであろう西の空を眺めていた。

そんな時、草を踏み分ける音を立て誰かが歩み寄って来る音が聞こえた。
嘉明は一瞬、その音にピクリと反応し、振り返る。
が、足音の主が自分が嫌っている藤堂高虎であると解ると、直ぐに西の彼方に目を戻した。
二人の間を静寂が支配する。


「どうして徳川に味方した?」

先に静寂を破ったのは高虎の方だった。
「関係無いだろう。」
振り返らず、顔を見ることも無く素っ気ない返事をする。
そんな嘉明に構わず高虎は言葉を続ける。

「秀吉殿から恩義を受け、賤ヶ岳の七本槍とも言われるほど活躍し、豊臣家に尽くした。それなのに、幼少より共に秀吉殿の為に働いて、今は豊臣家の為と蜂起した三成殿を見捨てた。」

嘉明は慶長の役以来、三成と不和になっていたことは高虎も理解していた。
だが、豊臣家の為となるならば、嘉明も其方につくと思っていた。
その位、彼が豊臣秀吉から受けた恩は大きいものだった。
「こっちについたのが、意外と思っただけさ。」
嫌い合っている自分も居る。
恩義を受けても居ない徳川につく彼の意図が、高虎には読めなかった。


「…僕は、自分の家の為を思っただけだ。」

再度支配した静けさから、ようやく此方を見た彼の口から出たのはそんな言葉だった。
確かに、盤石が弱い石田側に比べ、徳川は盤石が強く、野戦にも長けている。
石田側に比べ、裏工作も盛んに行われているため、この戦において徳川が勝つ確率は高いと考えられる。
そうなれば、今後の権力はどう転んでも徳川が握っていくだろう。
徳川家康、その人が死なない限り。

「僕は、父の様には絶対にならない。」

彼の過去に何があったのか、高虎には解らない。
しかしその言葉には、彼の強い信念が宿っていた。

空を見続けていた嘉明が高虎へと振り返る。
「秀吉様から受けた恩義は、槍働きで既にお返した。」
山崎、賤ヶ岳、小牧長久手、小田原、文禄・慶長の役。
確かに彼は、秀吉の為に数々の戦場で槍を振るい、命をかけた。
でも、と嘉明は言葉を続け、草を踏みわけながら高虎へと近づき、彼を見上げた。

「秀頼様から受けた恩義は、無いよ。」

高虎を一睨みすると、彼の横をすり抜け、嘉明は宿舎へと戻っていった。


残された高虎は近くの木に寄りかかると、懐から煙管を取り出し、火をつけた。
煙が登り立ち、吸い口から一口吸い上げると、ゆっくり吐きだした。
「…情の薄い奴だ。」
私利私欲の為に有利な方へ動く。これでは秀吉殿もあの世で泣いているだろう。
だがこの時代、恩など有ってないようなものであり、家を残す為有利な方へと動くのは別におかしなことではない。
実際、三成の元から此方へと動こうとしている者は多いのだから。

しかし、彼は何を思い、西の空を見ていたのだろうか。
そんなことを思いながら、高虎は彼の見ていた西の空へ、ゆっくりと煙を吐き出した。



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理由 2010関ヶ原シリーズ

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