これが僕らの司令塔 水影と月岡と李 | ナノ カツン、カツンという二つの足音が廊下に響く。廊下の奥にある扉の前でピタリと止まり、コツコツと扉を叩く。

「砂原隊長、お仕事中失礼します。クラスC任務に携わっていた月岡喜一郎、李春霖帰還、並びに調査報告に参りました。」
形式通り告げると、扉が開き部屋の主の相方である雪華が人の姿となって現れ、中へとに促された。
どうもー、と声とかけ奥へと向かう。


いつもは小綺麗で、シックな少し大きめの椅子と机がある小さな隊長には少し不釣り合いな仕事部屋だが、今日は違う。
机の上は上層部からの書状や報告書の山になり、床は資料や本で足の踏み場も無くなっていた。
「先輩、あの、足元が埋まってんすけど…。」
大きい割に目付きの悪い目でギロリと睨まれる。しまった、まだ任務中だった。と、思うが時既に遅し。机にあった文鎮が投げられ、俺の額へ華麗にヒットした。
「ーっ!!」
「オマエ、本当に馬鹿ネ。」

普段、先輩は口調など気にしないのだが、任務に携わっている時は例外としている。それだけ任務には真面目に取り組めという意味なのだろう。
額抑え、踞る俺に冷たい目を向ける李を涙目で睨む。李の奴はそんなこと気にせず、ツンとすましている。

「そこでいい、報告しろ。」
痛みに悶える間さえ与えてくれやしない。マジでこの人、鬼だ。
「っー…あーはい。えっと、先ず今回調査しに行った村ですが、」
「前置きは良い、早く結果報告をしろ。」
俺が持って来たのは今回調査した調査に至った不可解な現象、土地のことやら調査の過程やらが書いてある資料だ。先輩のことだから必要ないかもしれないが、万が一の為にと用意したがやはり徒労だったようだ。
「わかりました。李、結果報告よろしく。」
結果報告資料を持っている李とバトンタッチする。


その時、ふわり、と良い香りがしてそちらに目を向けると、俺たちが来る前に先輩が頼んでいたのだろう。雪華がティーセットを持ってきた。(勿論、一人前だけだ。)
赤々と染まった夕焼け色の紅茶。それと程よい厚さでふんわりと焼き上げられたパンケーキ。その上には緩めに泡立てられた生クリームと、苺とラズベリーのジャムが乗っている。俺たちに遠慮することなく、一口大に切ったそれをパクリと頬張りながら李の報告を淡々と聞く。
くそぅ、美味そうだなおい。

「…ー以上デス。詳細は此方の報告書にありマス。」
李の手元に現れた妖精、璃琳が報告書を掴み、先輩の元へと運ぶ。受け取った資料に目を通しながら紅茶を啜る。
部屋を沈黙が支配する。普段賑やかな俺としてはこの沈黙が酷く気まずい。
一つ溜め息を吐かれ、思わずびくりと肩を震わす。
「…つまり、お前達は何もせずに帰ってきた、と?」
「申し訳ありませんガ、結果的にはそうなりマス。」
そうなのだ。実質、何もしていないわけではない。しかし、結果的に俺達は何もせず帰ってきたのと同然であった。


俺達が遂行した任務は原因不明の食糧難、不作、村内の草木消失であった。これ自体は原因は餓鬼の仕業であった為、村内の餓鬼撲滅にあたった。餓鬼の発生源となっていた歪みを塞ぎ、従来ならこれで任務完了となるはずだった。
ところが、翌日になると始末したはずの餓鬼が、まるで何事もなかったかのように徘徊していたのだ。俺達は歪みのあった場所へ行くと、塞いだはずの歪みも開かれていた。
これはおかしいと思い、李が璃琳の力によって地へと這わせた根から、周辺一帯の情報、陰陽バランスの調査を行った。すると、村から南方に位置する森へ這う根が妖力ごと弾かれたのだ。妖魔に気づかれたかと思い、厳戒体制に入ったが何も起こらなかった。

しかし、この場合何も起こらない方が厄介だった。何も起こらないと言うことは、これはただ単に結界が張られているだけということになる。結界は言わば警戒線の様なもの。そこまでの妖魔力は費やさないものだ。この時点で李の力を弾くとなると、相手は相当な妖魔力を保持していることになる。
このまま俺達だけで任務遂行するのは難しいと判断し、村に一時的な処置をして報告に戻った、と言うわけだ。


「璃琳の力が弾かれる時点でこの任務、クラスCではありません。解決が困難だと判断した場合、速やかに帰還及び報告をしろというのが隊長のご命令です。」
以前、実質B+と判断していいC任務を携わった時、李と無茶をして任務遂行しようとして、結局先輩に助けられたのだ。その時に見せつけられた先輩の実力、そしてその後、死ぬほど仕置きされたことを俺は忘れていない。
トントン、と机を指で叩く手を止め、先輩はふっと息を吐き席を立った。
「何のために副隊長格を二人も送ったのか…。まぁ、自力で危険感知出来た分、良しとするか。」
掛けてあった軍刀と対妖魔用ライフルを身に付けた。

「行くぞ。お前らのした処置は言わば応急処置。報告に寄れば、村は荒れ地同然だ。早く行かねば、次は人が喰われるぞ。」
女の姿から元の九尾の狐へと姿を変えていた雪華と同調すると、境界を開け、その中へと入って行った。わざわざ境界を開いたのは、境界は障害物がなく、目的地への距離の短縮が可能な為だろう。
「璃琳、走。」
李は早々に璃琳と同調すると、境界へと駆け込んだ。

『何を呆けておる、早く行かねば境界が閉じるぞ。』
「わかってるって。」

相方である鎌鼬の疾風に急かされ、俺も遅れないようにと、閉じかけた暗色のコントラストを彩る入口へと飛び込んでいった。



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これが僕らの司令塔


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