summer time 水影と各務 | ナノ 風に揺られて風鈴が音を奏で、青々と茂る草木の間から木漏れ日が射し込む。夏の風物詩である蝉の声を聞きながら、砂原は本日大量に買い込んできた本の一冊を読んでいた。

部隊人数の少ない隊を率いる砂原にとって、久しぶりの休暇であった。
最初は、休んだお陰で隊の副隊長である月岡と李に自分しか行えない職務以外、全ての事を任せてきたことを気にかけていた。が、大抵は普段からやらせている事であるし、新人指導も補佐で入ることもあるので、出来ない筈はない。もし出来ないのであれば、特別指導(という名の鬼畜演習)をやらせればいいと思い、今やすっかり休みを満喫していた。
千草色の着物を身に纏い、畳の間で寛ぎ、お気に入りの作家の本を読む。これが砂原にとって、至福の時の一つなのであった。


日も高く昇り、蝉の声が一層強くなった頃、りりん、と呼鈴が鳴った。
砂原の世話をしている九尾の狐である雪華は、昼食後、久方ぶりに旧友へ挨拶に行くと言って出ていった為家中には誰も居ない。仕方ない、と腰を上げ玄関へと向かった。
カラカラと戸を開けると、立っていたのは色素の薄い茶色の髪に、左目の下に泣き黒子、常磐色の甚平を纏った背の高い男。

「よう。」

男が爽やかに挨拶した瞬間、砂原はピシャリと戸を閉め、鍵をかけた。時間にして僅か一秒の早業である。
「おいこらぁああ!てんめぇ水影!人の顔見た途端に閉めるたぁ何事だ!」
「煩いぞ各務中尉、私は今日非番だ。仕事はせんぞ。」
ドンドンと戸を叩く各務と呼ばれた男を無視し、内に下がろうとする。
「違うって!俺も非番!お前も非番っていうから来たんだって!」
「成る程、私の穏静の一時を邪魔しに来たのか。尚の事質が悪いな。」
「何でそんなひねくれた事しか言えねぇかなぁお前は…。良いもん持って来たから開けろ。」
そのまま内に下がろうとしていた砂原だったが、その言葉を聞き動きが止まった。仕事ではないし、良いものというのが気になったのだろう。
各務は嘘をつく人間ではないので、純粋に何か『良いもの』を持って訪れただけだろう。

ただ、それが他の人間にとって良いものかどうかは別であるが。

カシャリ、と鍵を開け、顔を覗かせる。
「下らないものだったら目を潰すからな。」
「一々恐ろしい事を言うな!」


各務の持ってきた『良いもの』というのは氷菓子のことであった。
といっても、市販の氷菓子ではなく、各務自身が持ってきたのはシロップだけである。
氷は各務の相棒である雪童、氷雨の能力によって雪のように柔らかな削り氷が作り出された。それに好みのシロップをかけ、かき氷の出来上がりと言うわけだ。

「ハルミにしては気のきいたものじゃないか。」
赤々としてほんのり苺の香りのするシロップのかかったかき氷を頬張る。かき氷は口に入れた瞬間に溶けてしまうが、粗削りの氷を交えているのか氷のシャリシャリとした食感も堪能出来た。
「ハルミじゃなくて、春美(はるよし)だっつの。」
各務は、鮮やかな緑色に彩られ、メロンの香りのするシロップを粗削りになっている削り氷の上にかけていた。気にしてんだからハルミって言うなよ、などと言いながらかき氷を頬張ると、冷刺激による頭痛が来たのか顔を思いきりしかめて額を押さえる。
そんな各務を横目に見て、砂原は思わず顔が綻んだ。
「…!水影、今笑った?」
砂原自身も気づいていなかったのだろう。はっとして各務から顔を反らし、かき氷を頬張った。

が、見られてしまってからではもう遅い。ニコニコとしながら各務は砂原に迫る。
「なぁなぁ、今笑ってたろ?」
「…お前の顔があまりにもバカ面だったからな。」
各務に顔を見られまいと、更に顔を反らす。
しかし、こんな時にそんな態度をとって憎まれ口をたたいても、ただの可愛い照れ隠しとしか思えないものである。
そんな砂原の態度に思わず各務は噴き出してしまった。
「お前、折角可愛い顔してんだから笑顔の方がいいぞ?」
なんて何の気なしに言い、砂原の肩を抱き寄せて、ぐしゃぐしゃと頭を撫でる。その態度にカチンときたのか、砂原の眉間にシワが寄る。
「可愛いだのなんだの言われて喜ぶのは女子供だけだ、馬鹿者。」
がしり、と頭を撫で回していた手を掴むと、その腕を容赦無く捻った。
「いでででで!ちょっタンマ痛い痛い痛い!」
はっと鼻で笑い、手を離してやると、各務は涙目ながら、キッと砂原を睨む。
「仕返しだ、このやろう!」
と、掴みかかろうとするが、砂原が身を反らしたためその手は空を切る。
「それ以前に私を捕まえられるかどうかだな。」
素早さでは負けん、と余裕綽々の態度でいる砂原に、各務の負けん気に火が付いたよう
である。

「絶対捕まえてやる!」
そのまま、バタバタと屋敷を駆け回り、まるで子供のような追い掛けっこが始まった。


風に揺られた風鈴が鳴り、夏の暑さで溶けたかき氷は綺麗な色付きの水と化していた。



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