氷点下イデオロギー 赤と金 | ナノ 暴力表現有り










どさり、という音を立てて雪の上にリザードンが倒れる。尾に灯る火が小さいながらもユラユラと揺れる。
ああ、もう、駄目だな。戦えない。
そう悟ると、キュンという音を立ててリザードンをモンスターボールの中に戻す。モンスターボールを仕舞い、帽子のツバを下げる。

負けた。

僕のこの様子を見て彼も悟ったのだろう。笑顔で、勝った!勝った!とその場で飛び跳ね、文字通り全身で喜びを表している。
そんな彼の足元に転がっているのは、使い切られた異常なまでの傷薬や異常回復薬のケース。そしてその薬により何度も戦わざるを得ず、ぐったりと伏せった彼のサンドパン。
未だに降り続ける雪や霰がそれらに薄らと降り積もっていのを見て、思わず顔をしかめる。

「こんなバトルして、楽しい?」

僕の言葉に、喜びに浸っていた彼の動きがぴたりと止まり、此方を見た。



どんなに打ちのめされても傷薬を使って戦闘を続行させられ、戦闘不能になったとしても薬で立ち直らされる。
さらに、傍から見ても瀕死状態になることを前提に出していると解ってしまう、盾として出されるポケモン。瀕死になれば薬を使い、強制的に立ち直らされ、戦闘中のポケモンが倒れればまた盾に出される。これが延々と繰り返されるバトル。
「君のバトルは、余りにも酷い。」
目を見開いて僕を見る彼を見つめ、もう一度、最初と同じ言葉で問う。
一言も発せず、僕を見ていた彼は突然笑い出した。
「あはっあははははっあははははははははっ!楽しいって?バトルが楽しいかどうかなんて、そんなのどうでもいいよ。」


―だって、重要なのは結果じゃない。―


背筋にゾクリ、と悪寒が走った。
笑う彼の顔は先程の純粋な喜びを示した笑顔ではなかった。もっと、黒い禍々しい物を抱えた笑み。

キュン、と音を立てぐったりとしていたサンドパンをしまうと、僕の方を見た。
「僕にとってバトルの過程なんてどうでもいいものなんだよ。重要なのか結果。勝って得られるものは沢山ある。でも負けて得られるものなんて何もないもの。」
ザクザクという音を立てて目の前へ歩み寄ってくる。深めに被っていた僕の帽子のツバを持ちあげ、下から見上げて来た。
「それに、僕のバトルが酷いって…僕から言わせてもらえばポケモンが傷つくのが嫌なら端からバトルなんてするなって話だよ。嫌なら愛玩用にでもすればいい。
バトルに出しておいて、傷つくのが可哀想だなんていうのは唯の偽善者だよ。」

反吐が出る。

そう言って僕の帽子のツバを下から叩き上げた。ぐっと近づいた彼の顔は無表情で、暗い闇をたたえた瞳で僕を見つめる。
輝きなんて一切失われている彼の瞳の冷たさに、思わず息が詰まった。
雪の上に音も無く帽子が落ちた。

彼は其方に目を向けると、僕からすっと離れそちらに歩み寄り、拾い上げた。
「あんたと同じこと言った人がいたよ。確か…そうそう、トキワジムのリーダーさん。」
「…!」
グリーンだ。幼いころからポケモンに接してきた彼なら、確かにあのバトルを見て黙っていないだろう。
「彼にも同じこと言ってたよ。そしたらなんか熱くなっちゃったみたいで僕に掴みかかってきてさ。
ムカついたからさぁ、あははは。」
バクフーンで、ちょっと、ね?
1トーン声を下げ、三日月形に口を歪めた。

無防備の人間に、ポケモンで?

気が付いたら僕は握りしめた右手を、彼の左の頬に叩きつけ、馬乗りになって彼の胸倉を掴んでいた。
「グリーンに何をした…もし「殺した、って言ったら僕を殺す?」
グリーンが、殺された?
その言葉は僕に残っていた理性を取り除くには十分であり、僕は何のためらいもなく彼の首に手をかけていた。

が、その手に力が籠ることはなかった。
パシュ、という音が聞こえたかと思うと、次の瞬間僕の横腹に鈍痛が走り、彼の上から転げ落ちた。
起き上った彼が、僕の鳩尾に一発蹴りを入れ、噎せ返る僕の頭をガン、と踏みつける。彼の軸足の向こうには傷だらけのバクフーンが立っていた。
くそ、してやられた。

相変わらずにこり、と口元に三日月を模らせている彼に吐き気がした。
「大丈夫、殺したりなんてしてない。ただ、ちょっと痛めつけただけ。今みたいにね。
流石に分が悪いことを悟ったんだろうね、直ぐ大人しくなったよ。生意気な口は叩いてたけどね。
そしたらさ、レッドならお前なんかにとか何とか言いってたんだよね。へぇ、その人は強いんだって思ったら興味が出た。
相手が強ければ強いほど、叩き伏せた時の快感、喜び、他にも得られるものは大きい。
だから僕はここに来た。あんたが此処にいることは噂で聞いてたから。」
まぁ、結果は最終的にこんな興が削がれることされるし、期待はずれだったけどね、と吐き、もう一度僕の腹に蹴りを入れた。
ゲホゲホと咳き込み、体温で溶けた雪が服に染み込む。
それに伴って、目の前がぼんやりと白くなっていくのを感じた。
目の前で赤い何かが揺れる。

「戦利品としてこれは貰って行くよ。これ、あのリーダーさんなら解るだろうからね。
持っていけば否が応でも君が負けたってこと、認めるだろうからさ。彼の愕然とした顔、楽しみだな。」

その言葉で、目の前で揺れていた赤い物が僕の愛用していた帽子だと気付いた。
返せ、と吐いたつもりだが、それが言葉になっていたかは僕には分からなかった。


僕の意識はそこで切れた。



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