夏氷 | ナノ 孫六と虎之助と市松










午後の仕事が終わり、一段落。
今日の仕事は厩の掃除と馬の手入れ。手慣れた自分には造作もなく、一刻ほどで終了してしまった。
作業に使った道具を片づけ、暫し馬と戯れる余裕があるほどだった。
仕事を終えたその足は部屋に向かわず、屋敷の一角にある大木の根元へと向けた。

夏真っ盛りの今では、部屋に居るよりも此方に居た方が数段過ごしやすいことを、ついこの間発見したのだ。
じりじりとした熱線を遮り出来た木陰は、日向とは比べ物にならないほど涼しいし、時々吹きつける風が非常に心地いい。
最近になり、一層大きくなった忙しなく鳴き続ける蝉の声が耳障りだが、それは致し方ない。
根元に座り込み、樹に体をあずける。瞼を閉じ、心地よい空間に身をゆだねた。


暫くすると、喉の渇きを覚えた。竹筒に手を伸ばそうとしたが、ふと水は全て飲んでしまったことを思い出した。
冷たい物が欲しいな。そう言えばこの間、気まぐれに目を通した書に珍しい物が載っていた。
あれは…なんだったか。あぁ、そうだ。

「夏氷。」
「そんな高価なもの、食えるわけないだろう。」

重く閉じていた瞼を押し上げると、虎にぃが目の前に立っていた。首に手ぬぐいを引っさげており、この暑さのせいか、些か頬が熱帯びているように思える。
仕事はもう終わったのかと聞かれたので、質問に頷いて答えた。
「あぁ、孫六は今日、厩か。なら問題ないな。」
虎にぃの真面目に引き締まっていた顔がふっと緩んだ。
話が早くて助かる。怠けていたと勘違いされて過程を話すのは、正直億劫だ。
虎にぃもお疲れ、と声をかけると虎にぃは笑みを作った。真面目な虎にぃのことだから、仕事はきっちり終わらせて部屋に戻る途中だったのだろう。
虎にぃは、僕の脇に腰かけると額の汗を拭った。

「夏氷か。確かにこう暑いと、そう思うのも分かるな。」
俺は食べたことないが、と最後に付け足す。
冬に出来た氷を保存する事は容易ではない。その為、必然的に夏氷は貴重な菓子といえ、同時に高価なものである。
「孫六はあるか?」
首を横に振る。僕自身も書に載っていたのを見た、と言った通り、食べたことは一度もないのだ。
「まぁ、普通は無いよな。一度ぐらいは食べてみたいとは思うが…。」
雪のように細かく砕かれた氷の上に、たっぷりとかかった甘いあまずら。口に含むと、あまずらの甘さと氷の冷たさが口いっぱいに広がる。
実際にどうかは置いといて、想像する分には美味しそうである。特に、甘い物には目がない紀にぃはきっと気に入るだろう。
美味そうだよな、なんて言っているから、虎にぃも同じことを考えていたのだろう。その言葉に頷いた時であった。


「あっ!おったおった!やっと見つけた!」

小走りで此方へ駆け寄ってきたのは市にぃだった。片腕に桶を抱えている。
「二人ともどこにおるんかと思ったら、こんな所におったんじゃな。」
「市松、なにかあったのか?」
何事かと腰を上げた虎にぃだったが、市にぃはふっふーんと自慢げに桶を差し出した。

「あつーい夏のお伴、冷たく冷やした瓜じゃ!」

地面に置かれた桶を除くと、水にさらされた瓜が三つ浮いている。水に手を入れると、冷たくて気持ちがいい。
「冷たい。」
「じゃろう!井戸水でよーく冷やしとったから、きっと美味いぞ!」
「そんなこと言って…冷やしておいたのも用意したのも、お寧々様だろう?」
苦笑いする虎にぃの言葉に、うっと言葉を詰まらせる市にぃ。まぁ、そうだろうね。
「そりゃ、そうじゃけど…。けど、儂がもって来んかったら、今頃他の連中の腹の中じゃったかもしれんのじゃぞ!」
そんなに食い意地の張った人間は市にぃぐらいだと思ったが、黙っておいた。
虎にぃはくすりと笑みをこぼしていた。虎にぃも、きっと同じことを思っていたに違いない。
市にぃは拗ねたように口を尖らせていた。
「すまんすまん、ありがとうな市松。」
その言葉に満足したのか、市にぃは笑みを浮かべると、僕らのいる木陰へどかりと地面へ腰を下ろした。
「じゃ、皆で食べるか!はよう食べんと、折角冷えた瓜が温くなったらもったいない。」
「そうだな。」
虎にぃも一度上げた腰を下ろし、二人して桶から瓜を取り出した。それぞれいただきます、と口々にし瓜に被りついた。

冷たい方が美味しい物は、冷たいうちに食べたい。僕も水に浮いている瓜を手に取ると、ひんやりとしていて、とても美味しそうだ。
「いただきます。」
ふと、僕らには高価な夏氷より、こちらの方が合っているのかもしれない、なんて思い、笑みがこぼれた。
顔を上げると、驚いた顔で二人が此方を見つめている。
何をそんなに驚いているのか、僕は不思議でならなかったが、そのまま気にせず冷たい瓜にかぶりついた。


かぶりついた瓜の皮がとてつもなく苦くて、食べられたものではなかったのは、また別のお話。



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一周年記念。

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