飼い慣らされたナイトメア 小西と清正 | ナノ 首絞め/病み小西










夢を見る。
同じ夢を、繰り返し繰り返し、何度も何度も。

しとしとと雨が降る屋敷。
分厚い黒い雲のせいで、昼なのか、夜なのか、判別することができない。
廊下を歩くと軋む板の音が嫌に響く。すれ違う人も居なければ、通り過ぎる薄暗い部屋には誰も居ない。
いや、誰もいないという表現は不適切かもしれない。
自分と、加藤清正以外の人間がいないのだ。
この夢を見た時、清正以外の人間を見たことはない。
最初の頃、同じ夢を見ていると気づき初めた頃までは探したこともあった。
でも、今では探そうとも思わない。そんなことをしても無意味だと知ったからだ。
だから、この夢を見ると清正を真っ先に探す。

清正を殺せば、この夢は終いだから。

自分よりも小柄な人影。
「――みつけた。」
背後から近づき、襟首を掴んで引き倒す。倒れた清正の上に馬乗りになると、躊躇せず首に手をかけた。
抵抗らしい抵抗はされない。
何か言ってみろと言ったこともあるが、何一つ喋ろうとしないのだ。
ただ、憐れんだ目で自分を見てくる。
哀れだな。卑しい。惨めな。不憫な奴。醜い。
その目を見ていると、自然と首にかけた手に力をこめてしまう。
ぎりぎりと絞め上げても、変わることはない。
うるさいうるさいお前に何がわかる何も知らないくせに見るな見るな見るな見るな…!

「そんな目で僕を見るなっ!」

必死に、ただひたすら、清正の首を絞める。
清正の態度が癪にさわるからなのか。それとも、こんな夢を早く終わらせたいからなのか。自分でもどちらかわからない。
いつも、どの位そうしているのかわからない。長いような、短いような。
気づいた時には、清正は眠る様に瞳を閉じ、息を引き取っているのだ。
すると、目の前が明かりが消えたように暗転する。
何も見えない暗闇の中で、息絶えたはずの清正の声が聞こえるのだ。



可哀想な奴だな、お前は――と。



そんな夢を、ここ最近、立て続けに見ているからだろうか。
雨が降ると、時折自分の居る場所がわからなくなる。夢なのか。はたまた、現なのか。
雨音にあらゆる物音をかき消され、雨音と自分たち以外存在しない、あの夢の中と錯覚する。
最近、執務に追われて、あまり寝ていないのも原因の一つかもしれない。いつの間にか寝てしまったのではないかと、疑ってしまうのだ。
寝不足のせいで鈍痛のする頭を掻き、雨のせいで湿気た紙に筆を走らせる。
この件を取り次げば、一区切りつく。寝ても覚めても良いことはないが、一度眠れば、少なくともこの夢と現の狭間からは抜け出せる気がした。
「……できた。」
予想していたより早く終わった書類。大丈夫だろうが、確認できるほど頭が冴えていなければ、気力もない。
できれば今日中に、とのお達しだ。時間もない。訂正があれば、後で声掛けされるだろう。そのときにやればいい。

書類の束と痛む頭を抱え、書室を出る。
ふと顔を上げた瞬間、目に映ったそれに、体も、思考も、止まってしまった。



雨音だけが響く世界でぼんやりと佇む、自分より小柄な、馴染みの青年。



「――。」
書類が手から滑り落ちた。ばさり、と音をたて、床に散乱する。
濡れた地面に落ちたものもあったかもしれないが、落ちた書類に構うことなく歩みを進めた。
あかん、あかんなぁ。寝してもうたんやな。まぁ、確かに大分寝てへんかったから、眠かったんは確かや。仕方ないっちゃ仕方ないけど、そんなことも言ってられんわな。どこまでやったとこで落ちたんやろ。時間もないのに。ああ、もう。


はやくおきないと。


早足で彼に近づき、襟首を掴むと、目に留まった空き部屋に放り込んだ。
畳に叩きつけられ、倒れこんだ清正に、いつものように馬乗りになって気づいた。
何、驚いてるんだ。今までそんな顔、したことないくせに。
「こに――っ!?」
ん? 今、なんか言った?
首にかけた手に力を込めた。かすれた呻きをあげ、ひゅっと空気が抜ける音がした。
少しつり目がちの瞳が大きく見開かれ、自分を払いのけようと、もがき始めた。
なんとまぁ、これはいったいどういうことなんだ。今までなかった初めての抵抗に驚き、こちらも押さえつけるように手に体重をかけた。
「っ……ぁ……ぐっ………っ!」
酸欠により赤く染まり、苦痛に歪む顔。目には困惑の色が浮かび、生理的な涙が滲んでいる。
すごい、すごい。こんな清正の顔、見たことがない。
「くっ……くくっ…あはっあははは!!」
どうしてだろう。とても嬉しくて、楽しくて、胸が弾んで、笑いが止まらない。
さらに力を込めると、清正の手が自分の腕にかかった。引き離そうとしたのだろう。が、酸欠のせいで上手く力が入らないのか、離されるほどの力が込められていない。
ただ、それでも諦めない所が彼らしい。
腕に爪を立てられ、がりっ、と引っ掻かれた。
傷口が赤く滲み、鋭い痛みが走る。痛いなぁ。
――あれ、痛い?
んん、もしかして、これ――。



次の瞬間、体が宙を舞う。
身体が壁に叩きつけられ、頬がじん、と痛んだ。

「てめぇっお虎に何してんだ!」

目の前には肩を怒らせ、歯を向いて怒鳴る福島正則の姿。
彼に殴られたのかと気づくまで、そう時間はかからなかった。
清正に駆け寄る福島をぼんやりと眺め、濡れた感覚のした口元を拭った。
手の甲に線を引く赤。唇、切れてる。
じくじくとした、鈍い痛い。
ああ、これは。もしかしなくても、やってしまったんじゃないか僕は。


夢と現が、ごっちゃになってしまった。


今更気づいたところで、どうにもならない。
あ、廊下の書類。あれ大丈夫、じゃないやろな。きっと。
腰を上げ、乱れた服を正す。
顔を上げれば、酸素を取り入れようと、必死に呼吸を繰り返す清正と、彼を労わる福島の姿。
息を荒げ、咳き込んでいるところを見ると、相当苦しかったのだろう。
少し近づいてみると、福島が射殺さんばかりに睨みつけてくる。
「それ以上近づくな。近づいたら、儂がその首、叩っ斬ってやる。」
牙を剥き、殺気を振り撒いて、太刀に手をかけている。
うっさいのぉ。そんな喚かんでも、別に何もせんて。
かと言って、そのまま近づけばあいつは自分が口にした事を確実に実行するだろう。
仕方がないので、その場で腰を落とした。座り込んでいる清正と目線を合わせるために。


「ごめんなぁ、お虎ちゃん。」


夢と勘違いしてつい――とは、流石に零さなかった。
ただ、いつものようににっこりと笑ってやると、清正が息を詰めた。
それと、解放されてから、ずっと自分を睨みつけていた目。いつも強い意志を伴う彼の目が、ほんの一瞬、微かに揺れた。
お虎ちゃん、僕が怖いん?
口では言わないが、目で問えば、きっ、と睨み返してきた。
その反応が、さらに自分を満悦させ、いっそう笑みが深くなるのがわかる。
彼の瞳に映った自分の笑顔が、酷く歪んでいるよう見えた。



喚く福島を無視して、部屋からでれば、目に入ったのは廊下に散らばった先ほどの書類。
一つ一つ拾い集めれば、案の定、雨に濡れて駄目になった書面がいくつかあった。書き直すのが面倒だ。
それでも胸が弾むのは、今日からはいい夢が見れそうだからだろう。
いや、あの嫌な夢が、いい夢に変わりそうだ、という方が正しいかもしれない。

驚愕と、困惑と、焦燥と、恐怖が入り混じり、必死にもがく清正を思い出して、また口元が緩んだ。

しっかりと脳裏に焼き付けて、夢でまた見せておくれと心から願う。
かき集めた書類を手に、書室に戻る。
少し音のはずれた鼻唄は、雨音に紛れて、誰かの耳に届くことはなかった。



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飼い慣らされたナイトメア

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