無力さに嘆く 三成と桜井 | ナノ 死ネタ










桜井が病床に臥した。
そう聞いたのは、つい先日の事であった。
彼が秀長様に使える身となってから、ずいぶんと顔を合わせていない。
私も私で任される仕事が忙しいこともあり、会う機会がなかったからだ。
しかし、そうはいっても、幼き頃に心を許した友である。
容体が気になった私は、政務の合間をどうにか見つけ、桜井の屋敷へ見舞いに赴いた。



床に通されると、桜井は体を起こしていた。
私に気づくと、深々とまではいかないが、少し頭を下げた。
「御多忙のところ、お越しいただいたというのに、この様な有様で申し訳ございません。」
「堅苦しい言葉はよせ、桜井。私は友として、お前の見舞いにきたんだ。辛いようなら、私に構わずくつろいでくれ。」
今は立場上、桜井より上役であるとはいえ、そんなつもりで来たわけではない。
すると、桜井は、では……と下げた頭を上げ、改めてこちらを見た。
「忙しいだろうに、来てくれてうれしいよ。」
昔と変わらぬ笑顔でそう言われ、じんわりと心が温かくなった。


見舞いに来たと言っても、何をするでもなくただ話をするだけだった。
桜井が外の事が知りたいと言ったので、上方の様子や、機密に触れない程度の諸大名の話。
そういった、他愛もない世間話のような事を、私がほとんど話しているだけだった。
桜井の様子はと言うと、以前に比べれば、痩せたように見える。顔色もあまり良くない。
それでも、昔と変わらない桜井の明るい口調や、穏やかな笑みを見ると、そこまで重病には思えなかった。
病は気から、ともいう。
今は病状が思わしくなくても、この様子ならば時間と共に回復するのではないか。そう思った。
いや、思いたかったのかもしれない。



ふと話題が途切れた時だった。

「僕は、もうすぐ死ぬよ。」

こちらの思いを余所に、本人の口から告げられた。
何故。どうして、そんな何でもない事のように、あっけらかんと言うんだ。
「……馬鹿な事を言うな。まだ――。」
まだ、死ぬと決まったわけではないだろう。そう言いたかった言葉は途中で遮られた。
「わかるんだ。」
桜井の声は、いやに落ち着いていて。
それでいて、自分にも言い聞かせるように、もう一度繰り返した。

わかるんだ、と。

「最近、ずっと頭痛が続いて、酷い時には周りの音も聞こえないぐらいなんだ。寝ている時間も徐々に長くなってきていて、食も細くなる一方だ。」
「桜井……。」
「石田。僕はね……秀吉様に出会ってから、ずっとあの方のためを思って生きてきた。」
……秀吉様。
彼は私と同じように、秀吉様を一生尽くすに値する主だと定め、秀吉様の為に、全身全霊、忠義をつくしてきた。
「秀吉様のためになる、秀吉様が喜んでくれる……そう思えば、どんなことでも乗り越えられてきた。秀長様の元に移されて、秀吉様の傍には居られなくなったけれど、僕の仕事は、秀吉様と繋がりのあることで成り立つ仕事であったから、今まで頑張ってこれた。」
知っている…秀吉様と接している時の彼の姿を見れば、一目でわかった。
それに、私も似たようなものだ。
だから、その思いは痛い程分かる。
「今、亡き信長様の遺志を継いで、日の本を一つにしようと尽力しているのだろう? これから……これからだって言うのにさ。僕は、こんなところでなにをしているんだろうね。」
彼の大きな目に、溜まった涙でゆらゆらと揺れる。
「やるべきことが、まだ沢山あるのに……これからだっていうのに。こんな自分が、ふがいなくて、情け、なくて……ひでよし、さま……っ。」
目を伏せった瞬間、はたはたと零れ落ちる滴。
その顔は、直ぐに手で覆い隠されてしまったが、震える肩に、時々上がる、詰まるような声から察するに、その涙は止まることなくその手を濡らしているのだろう。
「どうして、僕なんだ……? 死にたくない……まだ、秀吉様のお役に立ちたいのに……死にたくないよ……。」
ただ、悲痛な心の叫びを零す桜井の言葉が突き刺さり、まるで、自分が責められているかのような気持ちになる。
しかし、そんな彼に、どんな言葉をかければいい?
慰め? 励まし?
そんなもの、今の彼には、ただの同情や偽善に過ぎない、無為なものに過ぎないのではないか。
結局、私は涙を流し続ける彼に、かける言葉を見つけることはできなかった。



結局、あの時彼が言った言葉通り、桜井の容体は回復することはなかった。
悪化の一途をたどり、遂に息を引き取った。
彼は死に際にこう言ったらしい。

しにたくない――と。

まだ若いのに、可哀想に、という囁きに、何とも胸の内が燻る思いがした。
私は、彼の死にたくないという言葉が、死への恐怖から出たものではないと知っている。
彼が生へ執着する本当の理由を知る者は、きっと幾何もいないのだろう。



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無力さに嘆く

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