あざを隠そうとする貴方





ギシ、と鳴るベッドのスプリングに、自らの上で律動を続ける相手の自身が一回り大きく膨張する。
強くなる圧迫感に眉を寄せ、汗ばんだ背中へ腕を回してやったら嬉々とした声音で自らの名を何度も囁かれた。
そしてラストを駆けるようにして強く身体を揺さぶられ、気持ち良くもない行為にアラウディはわざとらしく反応をして、相手の自身が胎内へ吐き出される寸前。
ピタリと動きを止めた相手を、無下にも蹴り上げ己の胎内から忌々しい雄をずり抜いた。
ドサリとベッドの下へ落下する男の身体には、一本の果物ナイフが背中から突き刺さっていて、見事その刃は心臓を貫いていた。



「…もう君に用は無いよ」

疲れた様子も見せないアラウディはすっと身体を持ち上げ、転がる身体を冷酷な瞳で見下ろした。
手に入れた重要な情報を今一度脳内で確認し、さて風呂へ入ろうかと床に足を下ろす。
一瞬グラついた身体をぐっと足で支えると、不機嫌そうに風呂場へと向かった。



「あの男…やり過ぎ」

シャワーヘッドから流れるお湯を頭から被り、アラウディはぽつりと呟いた。
人を殺したという罪悪感等微塵も感じないが、鈍痛のする腰の痛みには苛立ちを覚える。
今では数える事すら面倒で詳しくは知らないが、今まで何人もの男と身体を重ねてきたアラウディにとって、セックスなんて物は情報を得る為の一つの手段。
だから愛なんて要らないし、気持ちも感情も要らない。
快楽なんて物は感じても限度がある。
本来愛し合う者同士が行う歴とした行為を、自分はただの手段として使っているのだから当然だ。
これ以上の快楽に興味が無い訳ではないが欲しもしない。
何故ならば必要が無いから。
愛なんて任務をこなす為に不必要な物だし、情けなんて邪魔な他無い。
身体に着いた水分を拭き取り新しい衣類に袖を通すと、必要な物だけを手に掴み、ベッドの側で転がる遺体に視線も向けずその部屋を去った。































任務を終え、自室で一休みをした所で日はいつの間にか沈んでいた。
ジョットへも報告を済ましたし、特にやる事と言えば昼間洗い切れていない身体を綺麗にする事。
無造作に着替えを片手に掴み、ボンゴレの屋敷にある大きな風呂場へと足を進めていった。
誰とも鉢合わせする事無く辿り着いたそこは、とても豪華な装飾がされていながらも何処か品のあるデザインとなっていて、まあ嫌いではないとぽつりと呟いた懐かしい記憶を思い出す。
するりとコートを脱ぎ捨て、手際よくネクタイやシャツ、下着も全て脱ぎ終えた所できゅっと腰に一枚のタオルを巻き付けた。
まだ誰も入っていないだろうそこはとても静寂としていた。
一人で入る風呂が一番気が休まる。
安心すると同時に、数個あるシャワーヘッドの中から一つを掴んでざっと身体を流すと、早速身体を洗おうと備え付けにされていたスポンジを泡立てる。
と、突然ピタリとアラウディの動きが止まった。
視線を持ち上げた先には鏡があり、そこに映るのはいる筈の無い相手。



「…っ!」

咄嗟に身体を反転させて、相手から背中を背けた。



「その痣は何ですか?」
「…、…入るなら入るって言いなよ」
「いいから質問に答えてください。その痣はなんですか」
「痣なんてない」

視界に映るのはボンゴレの霧の守護者であり、嘗てアラウディへ性行為を強要し強引にも掻き抱いたスペードの姿。
とまあそれがたとえ初めてだっとしても、今となっては特に思う事もない。
有るとすれば、屈辱感と嫌悪感。
敵意剥き出しのアラウディに、スペードは不服そうな表情で迫っていく。
相手も己と同じような格好だった為に、咄嗟に泡立てたスポンジを投げ付け風呂場から出ようとした刹那。
庇う隙も無くスペードの蹴りを腹に受け、そのまま飛ばされたのは丸い大きな浴槽の中。
バシャンという水飛沫の音と共に、アラウディの身体は水面下に沈んだ。



「っ…何するんだ」

咄嗟に浴槽から身体を起こしたアラウディは、ポタポタと髪から雫を溢し、スペードを睨み付ける眼差しは本気で怒っているよう。
憤怒の感情が沸々と感じられるアラウディだったが、スペードは平然とした顔でアラウディを見下ろした。



「背中の痣は何だと聞いているんです」
「だから…何も無い」
「…成る程…。貴方が話さないのなら力付くで確認するまでです」

何を言っているんだと口を開こうとした途端、スペードは無表情のままザブリと浴槽に足を入れ、ゆっくりとアラウディに近付いていった。
来るなと牙を剥き出しにするような刺々しい雰囲気のアラウディ。
けれど、そんな姿に怯む事無くスペードは逃げようとするアラウディの手首を強く握り締めた。



「貴方の身体は私の物です。勝手な物を作られるのは赦しがたい」
「…その言い方やめろっていつも言ってるだろ」
「ヌフフ…事実を申した迄ですが」

ギリギリと力の込められる度にアラウディの眉は痛みに耐えるかのようにぎゅっと皺を作り、首筋へ噛み付かれる小さな刺激に不愉快そうに顔をしかめる。
その隙を突いて身体を反転させると浴槽の縁へアラウディの身体を押し付けた。



「っ…!やめろ、離せっ!」
「おやおや…こんなに沢山の痣を作るとは……。何をしていたんです?拒めと、言った筈ですが…」

白いアラウディの背中へ散りばめられているのは、濃い無数の鬱血痕。
片腕を捻り上げながら、スペードはその背中を指先で優しく撫で上げた。
穏やかながらもその奥に潜む怒りの声音でスペードはアラウディに囁き、一つの鬱血痕に爪を突き立てる。



「…仕方ないだろ。相手が勝手に付けてくるんだ」
「そうは言っても所有権は私にあります。まあ…私以外の人間と身体を交わらせた所で満足出来るとは思えませんがね…」
「黙れ…。早く離して」
「嫌です。この代償はどうするんです?」

爪の痛みに耐えながらアラウディはスペードの発言に機嫌を損ねると、早く離せと口にした。
けれど腕を掴む力を更に強くさせるスペードに、アラウディはぐっと唇を噛み締め、ぺろりと耳朶を舐められる様に身体はぞくりと反応する。
初めて快楽を体感した時から、何故だか身体はスペードに対してのみ対抗が無いようで、他の男等に抱かれる感覚とは全く違う刺激を身体は素直に受け止めるのだ。
相手がスペードだと理解しているからこそ感受性は高まり、比例して気持ちも昂り始める。
何度も何度も己の体質を恨んだけれど、スペードの身体を、感覚を覚えてしまった自分の身は逃れられない所まで来てしまった。
初めて体感した他人の身体、それがスペード。
彼のお陰でこの体質が生まれたとすれば、恨みの矛先は迷わずスペードに向くだろう。
けれどそんな事も出来なくなってしまった自分にアラウディは心中で嘲笑う。
ぎゅっと眉を寄せて、強く瞼を閉じた。



「…君なんて……嫌いだ」
「結構です。そんな貴方が、私は好きですよ…」

くちゅりと耳朶を口に含まれ、水音をたてながら囁くスペードの声にアラウディの口からは微かに吐息が漏れた。








........end


→あとがき





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