1話







「ほら、さっさと吐きなよ」

バキッという鈍い音が、コンクリートに囲まれた薄暗い部屋に響いた。
そしてそこで鈍く光りを放つ金属製の武器。
幾らか殴った痕跡を残すそれには、未だ真新しい血液も付着していた。
その武器を片手に話す主は、目の前で横たわる身体を足先で転がし、まるでこの状況を楽しんでいるかの如く口元は怪しく歪んでいる。
すっとしゃがみこみ薄い色をした髪を乱暴に掴み上げると、露になるその顔は何とも見ていられない程に痛々しい。
意識朦朧とする瞳は微かに光を放ち、目の前の彼に殺意を向けていた。
澄んだアクアブルーの瞳がゆらりと泳ぎ、その口元が弱々しく開かれる。




「だから…僕は個人で行動してるって、言ったろ…。ファミリーなんて…いない…」
「へえ。じゃあどうして僕の屋敷に忍び込んだんだい」
「…只の…情報収集だよ…」
「……」
「僕は…情報を集めるのが趣味だからね…」
「それにしてはこの身体、出来すぎじゃない?」

そう言って手を離すと、どさりと頭が落ちる。
床に散った滑らかな髪をすっと指先で掬い上げ、血の付着したそれを目の前に無邪気な笑顔を見せた。
戦ってわかった事だが、一切無駄な動きをしない相手の正体は何とも雲雀の興味をそそり、その整った容姿と見た事のない自分に似た彼の姿は正に瓜二つ。
性格も何処か似ている気もするし、一体彼が誰なのか、何の為に己の屋敷へ潜入していたのか。
ただ情報を集めるだけならばこんな突出した戦闘能力を持つ必要は無いだろう。
そう考える雲雀だからこそ、相手の言葉に疑い掛かっているわけだ。
彼の両手を拘束する手錠は、抵抗して暴れた事から乾いた血液が付着している。
アラウディだという名前しかわからず、他にも何か聞き出そうとしても口の堅い彼からは重要となる言葉が出ない。
幾ら殴って蹴り上げても、アラウディの口からは何も出なかった。
昨晩から続けられる行為を引き摺って、アラウディの息は力無く、虫の息に近い。
そんな身体を俯せにしたまま、内ポケットから一本の小型ナイフを取り出すとアラウディのコートをシャツごと切り裂いてやった。
重く閉じられた瞼をうっすらと持ち上げて、アラウディは自分の置かれた状況を懸命に理解しようとしたけれど、意識のハッキリしない頭では冷静に事を考えられない。
ぼーっと一点を見つめていたら、散々蹴られた背中へズキンと鋭く重たい痛みが走った。




「ねえ、いい加減に口を割りなよ。僕、気が短いんだ」
「ゔ…ぐ」

鈍った思考が激しい痛みに叩き起こされ、今、自分に何をされたのか何と無く理解をしたアラウディ。
剥き出しにされたアラウディの背中に、グサリと刺さるのは一本の小型ナイフ。
どくりどくりと溢れ出す生々しい血に、白い背中が赤黒く染まっていった。




「早く吐け」

冷ややかな声が上から降って、それと共に背中のナイフを捩じ込むようにして突き刺さされ、アラウディの口からは痛みに呻く声が漏れる。
激しい痛みに狂いそうになりながらも、アラウディは必死に耐えた。
けれどそんな我慢も直ぐに壊され、強い痛みに涙をじわりと浮かばせる。




「ねえ、言う気になった?」

グイッと髪を掴み上げて、酷く傷付いたアラウディの顔を除き込む。
いつ意識を飛ばすかもわからない状況で、アラウディは微かに唇を動かした。




「きみを…捕まえる…って」
「へえ、誰に?」
「言え……るか…」

消え入りそうな声を何とか聞き取って、雲雀は微かに眉を寄せる。
自らを狙う意図は数個程心当たりがあるが、その正体はわからない。
捕まえる為の刺客を彼方は寄越した訳だが、まあまあじゃないかと傷付いたアラウディの頬を撫でた。
ピリッと走る痛みに眉を寄せるも、アラウディは抵抗すら出来ずに大人しくそれを受け入れる事しか出来ない。
悔しげに眉を寄せるアラウディの顔は何とも嗜虐心を煽られる。
ふと撫でていた指先を傷付いた箇所へ食い込ませ、強く爪を突き立てた。




「…ッぐ」
「じゃあ、君をここに捕まえておけばその主犯を誘き出せるって事だね。まあ、此だけ見た目が良いんだから他っておかないだろうし…」

それは有り得ないと声にしようとしたけれど、口から漏れるものは消え入りそうな吐息だけ。
雲雀は突き立てていた力を緩め、アラウディの顎をひっ掴んで強引に此方へ顔を向けると、戸惑いもなくその唇へと口付けた。
驚きはしないものの、嫌悪感に眉を寄せたアラウディは止めろと最後の力を振り絞る。
けれど口付けた唇は、離れる所かアラウディの口内へ侵入しようと唇を割り開いてきた。
嫌だと感じても身体は言う事を聞かない訳だから、咄嗟にその舌に噛み付いてやった。




「ッ…酷いね。せっかく優しくしてやろうと思ったんだけど、そんな気も失せたよ」

ぱっと離した雲雀の口端からトロリと一筋の赤い糸が流れた。
眉を寄せた雲雀が熟と言葉を並べていって、パッと手を離したと同時に背中へ突き刺さるナイフを思い切り強く押し付ける。
途端にアラウディの口からは声にならない叫びが漏れて、意識を繋いでいたそれも容易く切られてしまいそのままふっと意識を飛ばした。




「……バカだね。大人しく言う事を聞いていればいいのに」

ぐったりとする身体をぐっと抱き上げて、雲雀はその耳許で低く囁いた。















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