2話






「……少し、やり過ぎたかな…」

自室へ戻ったアラウディは静かに雲雀をベッドへ寝かせ、早速簡単な医療道具を持ってきた。
口端から流れ落ちる血液を簡単に拭って、温かなお湯に濡らしたタオルで優しく拭いていく。
意識を飛ばした雲雀の姿をじっと見詰めて、先程ジョットに言われた事を思い出した。
やはり、手加減は必要だろうか。
ただ、手加減をしてやろうとすれば雲雀は不機嫌になって、もう相手なんてしないと拗ねてしまう。
いや、立場が明らかに逆なのだけれど。
ああそう、と言って修行を止めてしまった時は次の日になっても口を聞いてくれなくて。
とんだじゃじゃ馬だと思いつつ、雲雀に振り回される事は何故だか苦にはならない自分がいた。
手加減をしないと雲雀はこうして気絶してしまうわけで、だからといって手加減をすれば雲雀は拗ねるし。
扱いにくさは己よりも遥かにレベルが上だと思いながら、小さな身体に秘められた大きな力に感心もする。
傷付いた頬に湿布を貼って、アラウディは小さく目を細めた。




「僕より扱いにくいなんてね…」

似た性格ではあるけれど、視野の広さは己の方が上だ。
だから、こうして冷静に対応が出来るのだけれど。
まさか己よりも扱いにくいじゃじゃ馬がいるとは予想外だった。
これでは、恋人であるディーノという男も大変なのではないかと思う。
まあ、そんな雲雀だからこそ良いのかもしれないが。




「よお。ガキの調子はどうだ?」
「…珍しいね、君が恭弥を気にするなんて」

途端にドアのノック音が聞こえ、誰かと思えば紅の髪色をしたGだった。
紅い髪は嫌でも目立つというのに、顔には派手な刺青があって余計に柄が悪く見える。
流石にチンピラとまではいかないものの、大人しそうな容姿には見えない男だ。
まあ、本当は守護者を纏め、ボスであり親友でもあるジョットを後押しするリーダー的存在の彼なのだけれど。




「別にソイツを気にして来たわけじゃねーよ。お前に飯を届けにきただけだ」
「食事…?わざわざご苦労様だね。どうせジョットにでも頼まれたんだろう」
「…お前は……、一々感付かなくていい事まで感付くな。まあ、恭弥は口切れてて食えねえだろうからお前の分しか持ってきてねーぞ」
「いいよ。ありがとう」

と、素直に礼をするアラウディにGは目を見開いて驚愕する。




「…なんなの」

あからさまなGの反応に流石のアラウディも嫌そうに眉を寄せた。
一体何なんだ。
不愉快そうにするアラウディへ向けて、Gは運んできた盆を机に置くと若干楽しげに口元を緩める。




「いや。お前、恭弥が来てから穏やかになったなーと思ってよ」
「悪い?」
「ンな事言ってねーだろ。まあ、…お前に懐いてるみてぇだし。楽しくて良いじゃねーか」

なんだか投げやりのようにも聞こえるGの言葉に、アラウディは小さく眉を寄せただけで後は何も言わなかった。
だって、楽しい事は事実だから。
雲雀に出会って、数ヶ月を共に過ごして、本当に己の弟のような感覚さえも感じる。
雲雀も、まるで身内のように親しく接してくれる。
そんな幸せに少しずつ慣れ始めていた最近、Gの言葉に改めて雲雀が要るという事実に感謝の気持ちが沸き上がった。
雲雀が来るまでは、ただ冷淡に、そして冷静に任務をこなし情報を入手する事が己の悦びであり、欲を満たすものでもあった。
勿論、あのまま過ごしていようが後悔なんてするわけが無い。
ただ、人に対する情というものだけが己には理解が出来なかったのだ。
情け等、任務を遂行する上では必要の無いもの。
寧ろ、邪魔。
だから、雲雀に会うまではそんな情けは要らないと、ファミリーの仲間だろうと部下だろうと、全てを突き放して我が道を突き進んでいた。
拠り所とする場所は、ただ一人でいい。
そう思って、跳ね馬にだけは壁を作らずにいた。
まあ、作った所で向こうが一方的に破り抜けてくるだろうから無意味なのだけれど。




「……ま、恭弥が目ぇ覚ますまで付いててやれよ」
「わかってるよ。余計なお世話」

なんて素っ気ない態度は変わらないが、雲雀を見詰めるアラウディの瞳はとても穏やかで温かかった。
そんな姿を視界に入れて、Gは静かに部屋を後にする。
己があの場に居ても、邪魔なだけだろう。
あの部屋は、既に二人の空間が作り上げられている大切な場所。
だから、足を踏み入れたとしても長居をしようとは思わない。
それはジョットも雨月も、全てに共通する事。
いくら纏め役であろうと、Gですら長居は出来ないような、そんな空気を感じるのだ。
まあ、元よりアラウディの自室へ足を踏み入れる事自体が滅多に出来ない訳だけれど。









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