1話





肌寒くなってきた季節。
まだ雪も降らないそんな時期だけれど、頬や手に当たる風は心地良さよりもピリピリと冷たい。
そんな寒空の朝から、屋敷の庭で二人の男が立ち合っていた。
黒髪の少年、雲雀恭弥は着慣れた学ランを身に纏って愛用の獲物を構える。
その好戦的な瞳を向ける先には、雲雀よりも幾らか大きい青年が。
淡い髪色を風に靡かせて、殺気すら醸し出す雲雀のそれを嬉しそうに受け止めた。




「匣とやらは使わなくてもいいのかい?」
「…持ってないし、必要無いよ」

ああ、そう。
なんて穏やかな声音で会話をする。
楽しげに会話をする二人だけれど、明らかに纏う空気は威圧的な殺気を醸し出していた。
淡い髪色をした青年、アラウディは、無造作にポッケから獲物を取り出す。
雲雀と似た鈍い光沢を放つそれは、一見ただの手錠。
だけれど、一瞬の攻撃を覚った雲雀が咄嗟に獲物を振るう。
雲の増殖により、無尽蔵に伸びる手錠の鎖は真っ直ぐに雲雀に向かっていった。
雲雀のトンファーに食らい付くかの如く、手錠から剥き出しにされた無数の刺はガッシリと雲雀のトンファーを捕らえている。
完全に跳ね返される前に、雲雀の攻撃よりも一瞬早くに噛み付いたアラウディの手錠。
それも、雲の増殖によるもの。
舌打ちする雲雀に微笑んで、容赦無くその武器を奪い取った。




「遅いな。これじゃあ修行にもならないよ」
「……まだ終わって無い」

ジャララララ、と物凄いスピードで鎖が縮んでいき、片手に掴んだ雲雀のトンファーを玩具のように扱いながらからかうように言葉を漏らす。
そんな挑発には慣れたらしい雲雀は、その隙を逃す事無く間髪入れずにアラウディとの距離を縮め、片腕に残る獲物を目一杯降り下ろした。
途端、金属がぶつかりあう甲高い音が響き渡り、森に潜んでいた鳥がバサバサと飛び立つ。




「…へえ、やるね」
「隙は見せるなって、あなたが言ったんだろ」

ニヤリと口元を浮かばせるアラウディの腕には、幾重にも手錠が巻かれていた。
それでトンファーの一撃を軽減させた訳なのだが、それでも雲雀の一撃は強く、今でも腕がビリビリと痺れる。
まずまずの力はあるのだろうけれど、やはりまだ攻撃は単純だ。
受け止めた腕で雲雀のトンファーを弾き、身体を捻る力を借りて片手に持っていたトンファーで雲雀の頬を殴り飛ばす。
勿論、容赦なんてしない。
思い切り吹き飛んだ雲雀の身体は強く地面に叩きつけられて、砂煙を上げた。
そして、立ち上がる隙すらも許さないかのようにそこへ飛び込んでいく。
フラりと立ち上がる雲雀の目の前には、腕を降り下ろすアラウディの姿。
視界をフラつかせながらそれを受け止めようと武器を構えた刹那、アラウディの降り下ろしたトンファーは雲雀のそれとぶつかりあう事無く静かに防がれた。




「その辺にしておけ、アラウディ」
「……割り込まないでって何度も言ってるだろ、ジョット。修行は甘やかすものじゃない」
「かと言って。加減も出来なきゃ修行とも言えないだろう?」

まるで赤子の手を捻るような様で容易くアラウディの一撃を止めたジョット。
まあ、容易くとは言ってもやはり相手がアラウディなだけにその一撃はとても重いのだけれど。
アラウディと雲雀が修行をしていると、必ずと言っていい確率で割り込んでくるジョット。
時折、ジョットが不在な時はGが止めに入ったりするが。
さあ邪魔者を退けようと腕に力を込めるアラウディに、ジョットは苦笑い気味に後方へ視線を向ける。
それに続いてアラウディがそちらへ視線を向けてみると、バッタリと気を失った雲雀の姿があった。




「………」
「……やり過ぎだ、アラウディ」
「…ふん。手加減は嫌いだから」

あまりの衝撃に雲雀の小さな身体は許容量を超えてしまったらしく、クッタリと地に身体を落としていた。
幾ら打たれ強いとは言っても、ディーノとの修行でこんな衝撃は受けた事が無いし、最強とも謳われるアラウディの渾身の一撃を直接受けてしまえば、流石の雲雀でも意識を保つ事が出来なかったのだろう。
つんとそっぽを向いてしまうアラウディにジョットは溜め息を吐き、取り敢えず怪我の手当てだけでもと雲雀を抱き上げようとした。




「いいよ、僕がやる」
「そうか…?だが、お前も腕を…」
「面倒を見るって言ったのは僕だし、この子をこんなにしたのも僕だから」

なんて言ってさっさと雲雀を抱き上げてスタスタと屋敷へ戻ってしまうアラウディ。
まあ、極力他の人間には触れさせたくないのだろう。
きっとそんな理由。
素直に言えばいいのにとも思いながら、まあそこがアラウディの良い所でもある訳だから仕方ないかと、ジョットは朝の空気を吸い込んで小さく微笑んだ。









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