不必要な感情



※へなちょこディーノはいません











「お前、いつも一人で寂しくねーの?」

「……」

「人の優しさに触れた事ねーんだろ?じゃなきゃ、そんな態度とれねぇし……」

「…………」


カツカツと筆の走る音と共に聞こえるのは、ただ一人ディーノの声のみ。
端から見ればまるで独り言のように聞こえるその言葉は、熱心に筆を走らせる黒髪の少年、雲雀恭弥へと向けられている。

なのにその雲雀ときたらディーノの言葉に耳を傾ける事すらもせず、ただひたすらに筆を走らせてばかりで視線すらも反応は無い。
まるで、ディーノを己の世界から視界から、故意に消しているかのように。



「なあ、なんとか言えよ。……オレ、お前が心配でならねーんだ。親の愛情とか、周りからの信頼とか、他人を拒否し続けてきたお前が…いつか、……どうかなっちまうんじゃないかって」

「……」


その真摯なディーノの言葉を聞いているのかいないのか、雲雀はひたすらに口を閉ざしてディーノの言葉に耳を貸そうともしない。

そんな雲雀の態度に痺れを切らしたディーノは、座っていたソファから腰を上げ先程からひっきりなしに動いているその筆を強引に奪い取った。



「……恭弥、お前本当は寂しいんだろ?本当は、愛ってもんが何なのか知りたいんじゃねーのか」


頭上からの言葉と突然奪われた手元の筆に、雲雀はただ無表情のまま視線を逸らす。
ディーノを視界に映すでもなく、それはただ呆れたように。

そんな雲雀の顎を掴み上げて、今一度その無感情な顔を見詰める。



「触るな」


途端、間一髪で顔の前を横切る鈍器に冷や汗を流した。
まるで獲物を殴り殺すように繰り出されたその攻撃。
きっとディーノでなければ直撃だっただろう。
空気を切り裂くような鋭い殺気を滲ませながら、漆黒の瞳がゆっくりとディーノを捉えた。



「あなた…僕に咬み殺されたいみたいだね」

「…ちげーって…!そうじゃなくて、オレはお前が…」

「咬み殺す。その口が利けないように、喉元を潰してその目も潰してあげる。あなた……目障りだから」


ディーノの言葉など端から聞く気も無いのか、書類を散らしたままの机にドカリと乗り掛かり獲物を構えた雲雀。
その殺気は、本気だった。
ディーノを殺そうとする雲雀の目は、獲物を前にする肉食動物そのもの。



「いつから僕に説教を垂れる立場になった?あなたに僕を語る資格は無い。僕を語っていいのは僕だけだ」

「恭弥、落ち着けって…」


ピタリとディーノの喉元へ獲物を突き付けて、低音の声を口にする。
殺気と怒気を纏わせながら、ディーノの言葉を遮るようにその獲物を喉へ食い込ませた。



「特に、あなたみたいなヤツに語られるのは胸くそ悪い」


だから、黙れ。
ディーノの声すらも耳にしたくないと口にする雲雀は、心底不機嫌だった。
まるで逆鱗にでも触れたかのような雲雀の態度に、ディーノは静かに唾を飲み込む。
少し、やり過ぎたかもしれない。
いや、口出しし過ぎたのか、はたまたそれが図星による怒りなのか。



「さっさと僕の前から消え失せろ」


構える姿すらも視界に映る事無く空気が引き裂かれる音を耳にした。
途端、驚異的な反射でその俊敏なる雲雀の攻撃を避けると、取り出した鞭で交戦する。
強く絡まる太い鞭を雲雀の身体に巻き付けて、ディーノは再び口を開いた。



「オレが、お前とは違うからか?お前には無いものを、オレが持ってるからか?だからお前はオレを殺そうとするのか?」

「黙りなよ。その減らず口、今すぐ閉ざしてやる」

「……いいか恭弥。恐怖から逃げる事は簡単だが、恐怖を受け入れる事は難しいんだ」

「……」

「お前は、愛を知る事に恐怖を感じてるんだろ。……愛を知れば、今までの自分が否定されると…」

「はっ、……馬鹿馬鹿しい」


ディーノの言葉は一笑いの嘲笑で済まし、雲雀はさも呆れたような顔で蔑む眼差しを向けた。
まるで下等な生物を嘲笑うかのように。
そんな雲雀に口を閉ざしたディーノに珍しく抵抗もしないまま、雲雀は薄笑いを浮かべ口を開く。



「何を戯れ事抜かすかと思えば、そんな事か」

「きょ、…」

「愛だって?……愛ってなんだい。人を好く事が愛?それとも、親やらファミリーやらから大切にされて宝物みたいに守られるのが愛?必要とされるのが愛?……あなた達の言う"愛"ってなんだい」


中学生らしからぬ発言をする雲雀の姿に、ディーノは返す言葉が無かった。
まさか雲雀の口からこんな言葉が出るなんて、予想もしていなかった。
"愛"とはなんだ。
そんな問いに、直ぐ様返事を返せない。
己は、この少年に一体どんな愛を知って欲しかったのだろうか。
この少年に、一体どんな愛を教えたいのだろうか。

"愛"の種類などごまんとあるのだ。
人それぞれ、思い描く"愛"は異なる。
そんな"愛"を、この少年は拒み続けてたった一人で生きてきた。
ごまんとある"愛"の欠片も触れた事の無い小さな少年が、ディーノは心配で、愛しくて堪らなかった。
これも一つの"愛"であり、雲雀の嫌う"愛"でもある。

"愛"の"あ"の字も無い世界でたった一人生きてきた雲雀にとって、"愛"という一つの情など邪魔以外の何物でも無いのだろう。理解する必要も無いのだろう。
けれどその不必要な"愛"でも必要な時があるのだ。

それが、恋愛という場合の時。
雲雀にその気が無くとも、己は髄まで雲雀の虜になっている。
だから、どうしても雲雀にこの想いを理解して欲しかった。
どうしても、伝えたかった。
愛し愛されるという事がどれ程幸せなものなのか、他人という存在がどれ程素敵なものか。



「恭弥は、人を好きになった事はあるか?」

「……」

「お前にとっちゃ邪魔だろうが、人を好きになるっつー事は……すっげー幸せな事なんだぜ」

「……」

「幸せだけど、すっげー辛いんだ……」

「…………」

「辛くて辛くて、押し潰されるぐらいに苦しくて…死にたいくらい、悲しいんだ。でもな、」


するりと鞭の拘束を解いて、ディーノは雲雀の髪に指を通す。



「そんな事も忘れちまうくらい……好きなヤツを見てると、幸せで心が満たされるんだ。すっげー胸が、あったかくなる」

「…………」

「だからお前は、オレに愛されてくれよ。鬱陶しくてもウザくても、お前はオレに愛されてんだ。お前は一人なんかじゃない、お前を一人になんかさせねえ」


柔らかな黒髪を指先に絡ませながら、ゆっくりとその頭を撫でる。
優しく、それでいて愛情を精一杯込めて。
少しでも微塵でも、雲雀を愛しているという感情が伝わるように。



「……いらない」


そんなディーノの手を無下に払い除けて、雲雀は目の前に映る身体を睨み付けた。



「僕に、愛なんて必要無い。僕は、僕自身がいればそれでいい。他人なんていらない」


その雲雀の姿は、先程とは微かな変化が見て取れた。
冷静な口調は淡々としているものの、その瞳が微かな苛立ちを滲み出している。
その苛立ちはディーノに向けてではなく、きっとその矛先は自分自身だろう。
己の脇をすり抜けようとするその腕を掴んで、ディーノは静かに雲雀の身体を抱き締めた。








........end

恋人発展する第一歩目。
みたいな感覚で書きました。
というより、他人とか愛を拒否する雲雀さんを書きたかった。

ディーノさんに感情を乱されて自分にイラつく雲雀さん。

ディーノがへなちょこじゃなくてすみませんorz





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