だって『ねこ』なんだもんっ!





「べ…別に、きみのことなんか、なんとも思ってないんだからねっ!」
つんとそっぽを向いてそう言う彼の頬は、だけど可愛らしくうっすらと朱に染まっている。

何かにつけてすぐ憎まれ口を叩いて、きつい眼差しで俺を睨みつけてくる…その表情は綺麗でどこか近寄りがたくて。
なのにふいにとてもあどけない表情をする――可愛い俺の『ねこ』さん、アラウディ。

その日、俺は彼の――『飼い主』に、なった。







ベッドに寝転がってサイドランプの明かりで本を読んでいた俺は、聞こえてくる物音に耳を澄ませた。

覚束なげに歩く足音がゆっくりと近づいてくる。時々立ち止まってはまたちょっと進んで、を繰り返すそれからは、どことなく不安そうな気配が漂ってきた。

俺は起き上がってかちゃ、と寝室のドアを開けて廊下を覗き込んだ。
そこには予想どおり、アラウディが寝間着代わりの着物姿で佇んでいた。金色のねこみみが不安げにぺたんと倒され。ふかふかのしっぽはぱたぱたと忙しなく揺れている。涙を滲ませて俺の顔を見上げているその姿は、どうしようもなく可愛かった。

「――どうしたー? アラウディ?」
ぐすぐす鼻を啜りながら震えているアラウディに手を差し伸べてやれば、ぎゅうっと抱きついてきた。
ぽんぽんと背中をゆっくり叩いて落ち着かせてやる。
「なんだ? あんた、また寂しくなっちまったのか、ん?」

彼は「きゅう」だか「にゃあ」だか、ほとんど聞き取れないような小さな声を上げて、更にぎゅうっとしがみついてきた。

顔を胸にこすり付けてきて、ほっと安堵のため息を漏らしながら「…やまもと……。」なんて俺の名前を呟かれてみろ。
…すっげー庇護欲をそそるんですけど。可愛くってたまんないんですけど。

俺はほとんど夢うつつのまま震えているアラウディをひょいと抱き上げると、ゆっくりと二階の彼の部屋へと向かった。







ねこみみとしっぽがついている亜人種を総称してウェアキャット(通称『ねこ』)と呼んでいる。
その殆どは愛玩用に開発された子供の姿をした『ねこ』で、一般家庭にはまだまだ高価なものだが、ちらほらと見かけるようにはなっていた。
反面、同じような外見をしながら、愛玩用とは別種の生き物である純血の『ねこ』――どちらも呼び名が同じため、ややこしい――は、個体数も少なく、存在自体一生お目にかかることも無いくらい貴重種で珍重されている生き物がいる。

それが――俺が飼い主になった『ねこ』さん、アラウディ、だった。



アラウディは最初出会ったときはねこみみも尻尾も出ておらず、しかもちゃんと仕事を持っていてごく普通の成人男性にみえた。
俺はたいして知識も無く、また興味も無かったから、街中でよく見かける子供姿の愛玩用『ねこ』以外に純血の『ねこ』が存在するなんて欠片も知らなくて。

ただ、なんて綺麗な人なんだろう――と、第一印象はそれだった。
冴え冴えとした光を放つ空色の瞳、月の光を練り上げたような見事なプラチナブロンド。
その髪にどうしても触ってみたくてたまらなくなって、纏わり付いたらとても嫌そうに顔をしかめられた。

邪険にされても、嫌がられても、構ってもらえるだけで俺はとても嬉しくて。
何故そんな気持ちになるのはまでは深く考えることもせずに、とにかく姿をみればいそいそと側に寄っていった。
彼はとてもツンケンと俺にきつく当ってきたけれど、日本の伝統文化にとても興味があったみたいで、俺がペーパーナプキンで鶴を折って渡してやると子供みたいに瞳をまんまるにして魅入っていた。

その表情がなんともあどけなくて、可愛くみえてぎゅってしたくてたまらなくなったっけ。

そのあとひょんなことから、彼が貴重種の『ねこ』であること、見かけよりもずっと幼いこと――なんかを知ったわけなんだけれど、その時にはすでに俺とアラウディの縁は切っても切れないところまできていたのだ。







二階のキングサイズのダブルベッドにもぐりこんでアラウディを抱きしめなおすと、彼は至極満足げに喉を鳴らしながら擦り寄ってきた。
俺の左肩にちょこんと頭を預けて、ぎゅっと左手にしがみついてくる。
額に張り付いた絹糸のような髪をかきあげてやると、とろんとした瞳が満足そうに細められた。
背中を一定のリズムで撫でてやっていると、くあ、と可愛い欠伸をひとつ漏らしてそのまますうっと寝入ってしまった。



普段のつんと澄ましてどことなく人を小馬鹿にしたような態度からは、全く想像できないくらい可愛らしいこの夜の一連の行動は、しかし彼自身はほとんど覚えていないらしい。

初めて俺のシングルベッドに潜りこまれたときには、そりゃあ驚いたもんだ。

しかし狭いシングルベッドに大の大人二人で寝るのはとてもきつい。仕方なく俺はアラウディを抱きかかえて、彼が占領しているキングサイズのダブルベッドに移動したのだが…。


翌朝目が覚めて、俺に抱きしめられているのを発見したお姫様は「なんなの、ずうずうしい! 僕のベッドに潜り込んでくるなんて、躾がなってないよ! まったく図体がデカイだけのぐうたらな男なんだから!」と、非常にご立腹なされて、俺は枕でばしばし叩かれた。

「だって寒かったしさ。独りだと俺、凍えて死んじゃいそうだったのな。だからごめんなー、許して?」
と、いかにも従順そうに頭を垂れてみたら、うっすらと頬を染めてぷいっと顔を背けながら「……本当にしょうがないんだからっ。」としぶしぶ許してくれた。



アラウディは今、俺のせいでネコミミとしっぽが自由に仕舞えず、仕事に出ることができない状態が続いている。
子供姿なら(彼は自由にではないが、子供姿に変化できる)愛玩用の『ねこ』として外に連れ出すこともできるのだが、いかんせん仕事場にねこみみしっぽ姿で出勤させるわけにはいかないし、大人の姿の愛玩『ねこ』はいないため、貴重種の純血の『ねこ』だとバレて大騒ぎになってしまう。


ねこみみとしっぽが出たままのアラウディは、かなりの情緒不安定になってしまっていて(繰り返すが俺のせいで!)そのせいでどうしようもなく甘えたな気分になることがあり、そうして夢うつつのまま俺のところに来てしまうらしかった。
(一体俺が何をしでかしてアラウディが情緒不安定に陥ったのかというと……まぁ話すと長いので、またの機会にでも語ることにする。)

彼を観察していて気がついたのだが、どうやら甘えたになったときの行動を100%忘れているわけでは無いらしく、時々何かを思い出しては真っ赤になって身悶えしつつ半泣きになっている。
羞恥に打ち震えながら悶絶するその姿は、それはそれは大層可愛らしいのだが、敢えて見て見ぬフリをさせてもらっている。
多分これで指摘なぞしてしまったら、恥ずかしさのあまり何を仕出かすかわからないからだ。



彼の元保護者たちは、口をそろえて「まぁ日にち薬というか、おいおい落ち着いてきたら元通り自由にお耳としっぽを仕舞えるはずだから、それまでは飼い主さんが責任もってお世話してあげてねー?」と言うので、俺も気長に構えようとは思っている。

しかし、彼の休暇も無限ではないし、俺のほうも今はオフシーズンで自主トレさえしていればチームと離れていても支障がないとは言え、その間はこのイタリアでボンゴレの仕事が舞い込んでくることも多く、四六時中アラウディに付き従っているわけにもいかなくなってくるだろう。
現在は事情を知るツナが気を利かせて仕事を回さないようにしてくれているらしいが、なんといってもお隣に住んでいるわけだし、(びっくりしたことにアラウディが住んでいる屋敷は、ボンゴレ屋敷のなんとお隣だったのだ!)親友のツナのためにも、何かあったときにはすぐ駆けつけたい。

だからなるべくならアラウディが普段どおりに戻って、危なっかしくて目を離せない状況からできるだけ早く抜け出せたらなぁ…と思ってはいるのだが。


方法は2つあるらしい。

1つは先ほども言ったとおり「日にち薬」、つまり時が解決してくれる。これは1週間先かもしれないし、半年経ってもダメかもしれないという、忍耐を試されるような方法だ。

もうひとつは、『パートナー』を決める、という方法だ。

通常純血の『ねこ』には、飼い主かパートナーどちらかが付いて、沢山の愛情を『ねこ』に与えてやる役目を負っている。
飼い主とは親がわりのようなものなので代替わりすることもあるのだが、パートナーというのはいわゆる『恋人』というやつで、生涯唯一の存在だ。

アラウディには沢山のパートナー候補がいて、よりどりみどり、両手に花状態なのだが…。

そうそうホイっと簡単に決めるわけにも行かず、またアラウディ自身が『パートナーなんか欲しくない』と、まったくもって消極的なのでなかなかこれが難航している。







俺の朝の目覚めは早い。まだ薄暗い窓の外をちらりと見つつ、腕の中のアラウディを見つめた。

彼は安心しきった顔をして、俺の胸に頭を預けてしてくうくうと寝息を立てていた。
ゆっくりと金色の髪とねこみみを撫でてやると、ふるふると睫毛を震わせながらふふ、と幸せそうに微笑むので、ちゅっと瞼にひとつキスを落としてやった。
何か良い夢でも見ているのかもしれない。

それから出来るだけそっと頬と首に指を這わせていると、その手をとられて口元に持っていかれた。そしてそのまま小さな舌でぺろぺろと指を舐められた。
どうもアラウディは俺の指を舐めしゃぶるのがお好きなようで、しょっちゅう無意識にこうされている。
お陰で手を洗う回数が倍に増えた。汚い指を舐めさせるわけにいかないから、手洗いにも自然と力が入る。

「…んっ……。」
俺の指を咥えたまま、アラウディがゆるゆると瞳を開いた。
完全に目が覚めていないのか、ぽやんとした表情で俺の胸元に顔を埋めている。
俺は慌てて彼の口元にあった指を引っ込めて、タヌキ寝入りを決め込んだ。

もぞもぞと何度か身じろぎして、やっと覚醒したのか、アラウディはむうっとした口調で「また潜り込んできてる…。」と呟いた。
そのままぎゅうーっと手を突っぱねて、俺の体を自分から離そうとする。

「あぁもう、最初が肝心だったってのに、なんであの時許しちゃったのかな。どんどんずうずうしさに拍車がかかってるよ。まったくもう! …あっちいって!」
俺が勝手にベッドに潜り込んできていると思い込んでいるからか、アラウディの動作には遠慮の欠片もみられない。
手ではなかなか離れないと踏んだのか、今度は足も使って体を押しやられた。

「なんて神経の図太い男なんだろ…。まだ目が覚めないなんて、本当無神経なんだから…。」
俺は寝ぼけたふりで「うう〜ん?」なんていいながら、ぎゅっとアラウディの腰に手を回して抱き寄せた。
「ちょ…! なにするの! 寝ぼけてないで早く起きなよ、もう…。」

アラウディはしばらく俺の胸元を拳で叩いていたが、俺が「……な〜、もうちょっとだけ。寒いからさ〜…。お願い?」と囁くと、いかにも不承不承という感じでおとなしくなった。

「いい? きみが僕の飼い主だから、しょうがなく我慢してあげているんだからねっ。本当に、た、他意は無いんだからねっ!」
「うんうん、わかってる。飼い主にさせてくれて有難うなー……。」
そう言って更に抱き込むと、彼は幾分ほっとしたように俺に密着してきた。
「さ、寒いっていうから、暖めてあげてるだけなんだからねっ。」
「うんうん…。有難うな、アラウディ……。」


アラウディは小さい頃から体が弱く、殆ど他人と接触すること無く育ってきたそうだ。
だからあまり世俗の汚い駆け引きなどが分からないらしく、最初の警戒こそすごいが、一旦気を許してしまうと後はもうほぼ無条件に信頼を寄せてくれる。

今も、俺がアラウディに不埒なことをしたいと考えているだなんて、多分夢にも思っていないだろう。

それが嬉しくもあり残念でもあり、また目が離せないなあと心配にもなる要因だったりするのだが。


ぱた、ぱたとアラウディの毛足の長いしっぽが揺れている音がする。
ぴくっと動いているねこみみに指を這わせてそのビロードの手触りを楽しんでいると、アラウディがいくぶん頼りなさげな声で「…いつになったら、ねこみみとしっぽ、自由に引っ込められるんだろ……。」と呟いた。
「…焦んなよ。そのうち出来るようになるからさ。気にすると余計治りが遅くなるぜ?」
「うん…。」
アラウディはため息をひとつ付くと、すりすりと顔を俺の胸元にこすり付けてきた。
「まだ早いからさ、もうちょっと寝ような。」
「…ん……。」
とろんと眠そうな顔つきになって、ほとんど瞼が落ちかけてきたので、ちゅ、とひとつ額にキスを落としてやった。
本当はその可愛くて柔らかい唇にキスしたいけど…そんなことをしてまた泣かれても困るから、今は我慢しておこう。







彼の元保護者たちは口を濁して言わなかったけれど、俺は本当は知っている。


あんた、俺がしでかしたことのせいで、発情しちゃっているんだよ。
常にふわふわ雲の上にいるみたいな気分で、男たちを無意識に誘惑してるんだ。
だから本当は治すのは簡単だ。
だれとでもいい、一発ヤっちまえば、あんたのその情緒不安定は綺麗に治まっちまう。

だけどそれは、俺が教えるべきことじゃない。あんたが自分で気がついて、自分で欲しがってくれなくっちゃ意味が無いんだ。



なぁ、俺のこと、もっと好きになってくれよ。そして俺を『飼い主』じゃなくって、『パートナー』に選んで?
あんたの意思でさ。
他のパートナー候補たちじゃなくって、俺を選んで?
ずっとこうやって抱きしめてあげるからさ…。

お願い、俺の可愛い『ねこ』さん、愛しいアラウディ。



おしまい。
2012/03/07



◆◆◆




琉斗様から相互記念小説を頂きました!
琉斗様ありがとうございますっ!!><*

見てお分かりの通り、物凄くマイナーな山本×アラウディのパロです。
このお話は琉斗様のサイトにある『ねこ』じゃないもんっ!というお話の番外編です。
なので獣耳や尻尾がお好きな方はぜひぜひ拝見してみてください…!
早い話、読むと詳しくわかります。

実はこの琉斗様の書かれる山アラにまんまとハマッてしまいまして、設定自体が先ず美味しい上にアラウディが可愛いという一粒で二度美味しい神小説であります。
今までアラ様のイメージって冷酷クールな無表情な感じの人で、絶対指なんてしゃぶらない子でした。
なのに琉斗様のお話を拝見してからはこんなアホッぽい可愛いアラ様も有りなんじゃないの…!とか思ってビビッ!と何かのセンサーが反応してしまったらしいです。

自分の感情を認めようとしないアラ様ほんと可愛らしいですよね。
一生懸命抗ってる感が余計に…!
というよりも山本の口調がいちいちかっこ良くて悔しいです((
見方を少し変えるとお母さんみたいな、そんな世話焼きの山本が好きです。


琉斗様、このような素敵なお話をくださって本当にありがとうございます!!
可愛い可愛い二人のイチャイチャを独り占めさせてくださってありがとうございます。
琉斗様のファンの方々から石を投げられるの覚悟です、後悔はありません。

そして、改めましてこのような雑魚サイトと相互ありがとうございます。
これからもぜひぜひ、よろしくしてやってください…><*









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