恋ひ文
姉上。
雨露の音が恋しい季節になりましたね。
わたくしは、雨は嫌いです。雨になると外で遊べませんし、剣も使えません。
季節の変わり目ですが、ご健勝であらせられますか。
ここのところ、懐かしむことが増えております。
姉上、覚えておいででしょうか。
お身体を崩されましたときに、わたくしは姉上に花をお送りいたしましたことを。青や紫の美しい花は姉上にたいそうお似合いでした。
けれど、花に潜んだ化生に姉上はたいそう驚かれてしまいました。
わたくしは姉上を護るために立ち塞がり、ちっぽけな命に牙をむいたのですよ。
今となっては懐かしいことで、少し恥ずかしくもあり、おかしくもあります。
姉上、お身体を崩されてはおりませんか。
毎日を健やかに過ごされますよう、不肖の弟が祈っております。
そしていつしか姉上とのお約束を果たしにお迎えに上がります。
それまでお待ちください。
こちらは健勝ですよ。あなたこそこの季節に身体を崩すことが多いでしょう。何か不便があるようでしたら、仰いなさい。
わたくしは、この季節が特別に好きでも嫌いでもありません。
ですが、外に出れない日は、あなたのことを思い出しますよ。しとしとと濡れ落ちる粒と一緒に、あなたのことも運んでくれるようです。
あなたから頂いた花は今でも咲いております。またおいでなさい。歓迎しますよ。その時にはお茶を淹れますね。
わたくしは、あなたが護ってくれたことを思い出しては、強く逞しい背中を思い出し頼もしく思ったことも思い出します。わたくしのために立ち向かおうとする姿は、この目に焼き付いております。
あなたの姿をまた見れる日を心待ちにしております。
姉上。お変わりないようで安心いたしました。ですが、油断はなりませぬ。わたくしよりも姉上のお身体をご案じください。
雨露降り落ちる季節はいつまで続くのでしょうね。
こんな時は、姉上と歌を詠みたいものです。
姉上の歌は聞きほれてしまいます。ここに姉上の歌がないことが寂しく思えてなりません。わたくしの歌では心を慰めることも叶いませんので、姉上の歌を思い出しては数えるばかりです。
精進しても、きっと姉上には勝てないのでしょう。
姉上の歌をもう何度も思い出しております。何回も思い出しては忘れ、そして思い出し、姉上の歌を辿るようです。
日差しが降り注いだら忘れてしまいそうで、この季節が過ぎゆくことを止めてしまう我が身でございます。
次にお会いするときは、姉上の歌を一番に聞かせてください。
わたくしの歌を気に入るのなんてあなたぐらいですよ。
ですが、ええ。考えておきましょう。
長く会っていないあなたを思って歌っては、言葉の稚拙さにやるせなさを感じます。我が国の言葉はどうしてこれほどまでに少ないのでしょうね。あなたを思う言葉が足りず、持て余してしまいます。
あなたに歌うことですこしでも届くとよいのですけれど。
あなたも歌をくださいね。
わたくしは、あなたの歌が好きですよ。言葉などなくても、まっすぐに伝わるようで。
約束ですよ。
姉上。
わたくしの歌が好きだと仰るのは姉上くらいですよ。
ですけれど、ええ。精進いたしましょう。姉上を迎えに行く身で手ぶらというわけにもいきませんし。
わたくしも、姉上を思い、歌いましょう。この露の音に身を寄せて、姉上との思いでをひとつひとつ落としていきましょう。
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