5
その日、ルフレは早々に部屋に引き上げて籠った。
ベッドに潜りこみ、無理矢理寝た。
いつもより音がなく、しんと静まり返っていて、散々泣いたはずなのに涙が溢れた。
翌日、ルフレは登校時間ギリギリに学校に行った。
行こうかどうか迷って、結局行くことにした。やっぱり何があっても黒崎蘭丸が好きだし、振り向いてもらうための努力をやめられなかった。仮令嫌われるとしても。
両親が車で送ると言ってくれたが、蹴った。余計目立つだけだ。どうせ校内では視線を浴びる。
学校に着き、視線がぐっと増した。
止まりそうになる足を必死に進める。本心では今すぐにでも帰りたかった。
しかし、ルフレは足を止めた。
校門の前、一台の黒塗りの車が堂々ととめられていた。スモークガラスで中は見えない。生徒が遠巻きに見ていた。
ルフレは双眸をこれ以上ないほど見開いた。
見覚えのある車。
記憶を探らずとも分かる。
やがて、運転席から人が降りた。
その人はルフレをまっすぐ見詰める。
そして、ルフレの方へ歩く。人並みがモーゼの十戒の如く波が引いていく。出来る道の上を、靴音が響く。
コツリ、コツリ。
ピカピカの革靴の音が、静寂を打つ。いつもは履かないようなキレイで仕立てのいい靴。
靴音はルフレの目の前で止まった。
ルフレは顔を上げ、男と対峙した。色の違う目がルフレを見下ろす。
「ルフレ」
静かな声音が、ルフレの名を紡ぐ。
低い声。落ち着いた、それでいて緊張感のある声だった。
「ラン、ちゃん・・・」
ルフレも紡いだ。
何故ここに、と言外に問う。
普段はロックテイストの服装で、撮影の時くらいしか着ない正装を纏っている。大人の男の顔立ちに似合っていて、でも見慣れないから似合わない。それなのに、カッコイイ。
「もうやめた」
唐突に、黒崎蘭丸は宣言した。
「産まれた時から見てきたし、アイツらのガキだからってずっと避けてきた。二十以上も年は離れてるし、お前が可愛かったけどそれはレンのガキだからだ」
知っていた。
母とは先輩後輩の間柄で仲がいい。父とは折り合いが悪いわけではないが、母とのように仲がいいわけではなく、メンバーとして交流はあった。たまに言い合いをするような仲。だからこそ、二人の娘であるルフレに想いを向けられても答えられないのだと。
知っていた。それでも諦められなかった。だってどうしても好きだから。物心ついた時からーーーいや、多分産まれた時から。ルフレの目には黒崎蘭丸しか映らない。
だから、性格も変えて完璧を目指した。女学校にも入った。
「けど、もうやめる。正直、俺がどんなにかわしても拒んでもずっと見てくるから困ってた。でも、嫌だったわけじゃねぇ」
「え?」
「可愛いんだよ」
「っ、ランちゃん!」
黒崎蘭丸は、一つ嘆息を溢して頭を掻いた。
信じられない。今までのらりくらりとかわされ、父の目もあってかその場しのぎの言葉しかもらえなかった。
「俺のために頑張るお前が可愛く見えちまうんだ」
黒崎蘭丸は膝をついた。
ルフレに、真っ赤なバラの花が恭しく差し出される。
「ルフレ」
胸が高鳴った。
よりにもよって、一ノ瀬トキヤとのスクープを撮られどす黒くなっていた心が五月蝿い。
黒崎蘭丸は、真剣な眼差しでルフレを見据える。
「好きだ」
たった一言。短すぎる言葉に、ルフレの心臓が騒々しくなった。
空耳か幻聴だろうか。ルフレに都合のいい展開で思考が追いつかない。
「もう誤魔化しも嘘もつかねぇ。生涯お前だけを愛する」
ランちゃん。と、読んだつもりが言葉にならなかった。
喉が焼け付くように熱くて、声一つ紡げない。
「だから、俺と結婚してくれ」
聞き間違いでも幻聴でもない。真実の告白。しかも一足飛びどころか、いろいろすっ飛ばしてプロポーズだ。
普通なら笑うところなのに笑えない。嬉しすぎて、笑うなんてできない。涙ばかりがルフレの感情を表すようにポロポロと次から次へと溢れた。
「っ、」
言葉で応えられなかった。
ルフレは何度も頷いて、真っ赤なバラの花束を抱き締めた。
ルフレが花束を受け取ると、黒崎蘭丸は徐に腰を上げた。ふわりと抱き締められる。花束ごと、広い胸に。ずっと憧れていた腕の中へ、ルフレは招き入れられた。
「愛してる、ルフレ」
黒崎蘭丸は、ルフレの頤を掬うと、唇を寄せた。
そっと目を閉じると、重なり合う感触。
ただ重ね合うだけのものだった。下を差し込むわけでもない。
十分も二十分も経ったように感じられるくらい長く唇を合わせた。
唇が離れると、ルフレは目の前の男に抱き着いた。
「ランちゃん、大好きっ」
途端、ドッと歓声が上がる。
そう言えば学校の門前だった。
ルフレは青ざめる。しかし、黒崎蘭丸は平然としていた。
「コイツは俺が貰う。二度とコイツを泣かせるようなとこに通わせねぇ」
「ランちゃん・・・」
「行くぞ、ルフレ」
「えっ、ちょっ、ランちゃんっ?」
じんと感動していると、ルフレは腕を引かれた。
目を白黒させている間に車の助手席に放り込まれた。
ドアを閉めると、自分は運転席に乗り込んでエンジンをかける。まるでヴァージンロードのように道が開けられる。
「行くって何処に?」
黒崎蘭丸は、何も言わなかった。
     
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