私の好きな人
「るーちゃん!」
セーラー服に袖を通した小柄な少女は振り向いた。
桜並木の下。花びらが舞い散り、鮮やかに少女の花道を彩る。
美しい絹のような髪を風に靡く。
父親そっくりの面差しは息を呑むほど美しく、冷たい氷の相貌だった。しかし、唇に笑みを乗せるだけで柔らかいものとなる。
「なぁに?」
柔らかい笑顔とともに放たれた言葉は柔らかかった。冷たい相貌とは打って変わって淑やか。
「一緒に行きましょう」
「ええ、いいわよ」
カミュと神宮寺レンの第一子ルフレ。四月から高校生となる。
父親に似ているからか、長女だからか、落ち着き払っている。年齢よりもずっと大人びた雰囲気は滲み出て、それが西洋風の彫りの深い顔立ちの美しさを助長していた。
ルフレが春から通うことになる高校は伝統ある女子校である。
三つ子の弟は都内の共学校、妹は自宅近くの公立に通う。
母親似の弟は男子校に通えるような人柄ではなく、女がいなければ死ぬかもしれない。が、政界や財界など各界のろ著名人の子息や令嬢が通う超有名校であり、偏差値も相当高い。
対して妹は通学を面倒がって適当に近場で選んだ。偏差値もそこそこ。通う生徒もそこそこ。その中にあの父親と母親の両方の遺伝子を受け継いでいる美貌の妹が入るなんてと、周りは心配しまくっていたが大丈夫だろう。なにせ中身は父親そっくりだ。
ルフレは母親の穏やかな部分だけを受け継いだとよく言われる。母方の祖母に。父親の幼少期もそれはそれは愛らしいものだったため、弟のエクラは二人の悪いところを、ルフレは良いところを受け継いだとよく対比される。
この春から同じお嬢様学校に通うことになる幼馴染の綾小路笙子。聖川真斗の遠縁にあたる。
「楽しみね、高校生活」
「ええ。今日は眠れなかったわ」
今日から新たな高校生活が始まる。
ルフレは新しい制服に身を包み、桜並木の通学路を静やかに歩く。その表情は清々しいものだった。
まだ見ぬ桜咲く春色の校舎に思いを馳せる。
受験の時とオープンキャンパスで見学したが、古びた感じはなく、荘厳で静謐さを秘めていた。廊下を歩く在校生は物静かに通り過ぎ、おしゃべりをしている生徒からも気品が溢れていた。
「私、緊張してるわ。オープンキャンパスの時なんて私場違いかと思ったもの」
「そんなことないわ。笙子は綾小路家の生まれだし、きっとすぐに慣れるわ」
「そうかしら。私、ああいう雰囲気って苦手なのよね」
ルフレに付き合ってオープンキャンパスまで一緒に行ってくれた笙子は生まれも育ちもしっかりしており、所作からも品行が現れている。活発といいながらも、育ちの良さが表面に現れている。
「るーちゃんはいいわね。すぐに慣れてしまいそうだもの」
「本当?そうだといいのだけれど」
ルフレはにっこりと笑った。
内心、ドス黒いもので覆い尽くされていたのだけれど。
弟妹も周りの人間は皆、ルフレをしっかりした人間という。両親のいいところだけを受け継いだと。
しかし、実際は違う。
「でも、他に友達が出来ても仲良くしてね」
「勿論よ。私からお願いしたいわ」
人好きのする笑顔を浮かべて、ルフレは話を逸らした。





それは、ルフレが中学に上がった頃。
まだ近くの公立高校に弟妹達と通っていたルフレは、当時所属していたバスケ部の練習が雨で中止になり早く帰った。珍しく両親が揃っていた。父はオフ、母は仕事が早く終わったらしい。
同じ中学の三つ子の弟妹はまだ帰っていなかった。
「ただいま」
「おかえり、ルフレ。おやつがあるから早く着替えておいで」
「はーい!」
当時ルフレは明るくて活発な女の子だった。父親譲りの顔立ちだったが、どちらかといえば母の明るいところを受け継いでいた。今でこそ綺麗だと美女扱いであるが、当時は可愛いと言われていた。
着替えて下りると、リビングでは父が雑誌を広げていた。
父はよく読書などをすることが多いが、雑誌などが主だ。あまり時間がとれないため、さらっと流し読みできるものを好む。勿論普通の読書も好む。
「パパ、ただいま」
「おかえり、ルフレ。濡れなかったか?」
「大丈夫!」
「そうか」
冷たい相貌と、冷徹な性格の父はルフレ達を溺愛した。結婚から十年以上経った今でも夫婦仲は良く、娘達が見ている前でイチャイチャとすることもあった。そんな愛する妻との間に出来た子供達を父は殊の外溺愛していた。
今日も雨が降っていることを気にかけ、迎えを寄越そうとしていた。断ったが、しつこく食い下がってきた。
ルフレの頬にキスを落とし、大きな手が頭をくしゃりと撫でた。愛おしむような所作にルフレは微笑む。
「パパ、おやつを一緒に食べよう」
「ああ。パパもルフレと一緒に食べるのを楽しみにして待っていたよ」
「本当?お腹空いてたんだけど、寄り道しなくてよかった!」
茶目っ気たっぷりにウィンクして見せるルフレに、父は目を細めた。
沢山の愛情を注いでくれる父がルフレは大好きだった。
「バロン、ルフレ。今日はスタジオ近くで買ってみたんだ」
母がおやつをテーブルに置いた。
ルフレは父と席に着き、目を輝かせる。
甘いものは苦手なルフレのために、母は父とは別なおやつを用意してくれる。同じ辛党のルフレのおやつをたまにつまみ食いされることもあったが。
「いただきまぁす」
激辛せんべいに齧り付く。想像以上の辛さだ。辛党のルフレにはちょうど良くて美味しかった。
「ママ、これ美味しい!」
「ホント?一個ちょうだい。・・・ん、ホントだ」
ルフレのせんべいに横から噛り付き、母は頬を緩めた。
外見は父親そのままなのに、味覚や性格といった中身は母親似である。こうして母と分け合うことは少なくない。しかし、はたから見ると異様な光景にも見えるらしい。あのカミュが!と思われることもある。
「そういえば、今日は黒崎とだったな」
「そうそう。ランちゃんとブッキーのラジオに呼ばれたんだけど、この間の撮られたやつ突っ込んだら動揺しててね?面白かったぁ」
母の何気ない言葉に、ルフレは手を止めた。
両親は気付かず、話を進めた。
「ああ、例の共演した女優との熱愛か」
「そうそれ!ランちゃんが珍しく撮られてたからからかったら、もう真っ赤になってすごい勢いで違うっていうの」
「ほう」
思考の整理がつかない。
激辛せんべいの味も分からない。微かに指先が震えた。
「ブッキーと問い詰めたら怪しかったんだよねぇ」
「ふっ。後で訊いてみよう」
両親は何気ない感じで話していた。
が、ルフレの心中は穏やかではなかった。
物心ついた時から、ルフレは黒崎蘭丸のことが好きだった。事あるごとに好きと言い、よく困らせたものである。年を経ると子供心に困った顔をする黒崎蘭丸にいけないことなんだと思い言わなくなった。
けれど、気持ちはずっと変わらない。
『ランちゃんに見合う立派なレディになるわ。だから、待っていてね』
あの時の言葉を違えたことはない。言葉通り、毎日黒崎蘭丸に振り向いてもらうために花嫁修行や勉学に励んでいた。
「ふふ、ルフレなんてお嫁さんにしてーって言ってたのにね。・・・ルフレ?」
「ええ。黒崎さんもすごいね」
だが、現実は思ったようにはいかない。いくら努力を積み重ねても無理なものは無理なのだ。
今のままではダメだ、ルフレは思った。
進路を有名女子校に変え、言葉遣いや所作を少しずつ変えていった。両親はその変化に不安を抱いていたが、周りは大人になったのだと喜んでいた。ちっともそんなことないのに。
寧ろ、自分はまだまだ子供なのだと痛感させられる。
あれから何度も熱愛報道を見た。けれど、一度抱いた感情はそう簡単に立ち去ってくれなかった。
そして今日、晴れて念願の高校に通うことになるのである。
     
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