喪失(げんじつ)
「ちょ、寿さん、押さないでください!」
「もう!トッキー早くしてよ!」
一ノ瀬トキヤ、アイドルとして芸能界に長く身を置くが。演技でもなんでもなく他人の家に侵入したのは初めてである。
なんとかしてやる。とは言ったものの、所詮黒崎蘭丸は貧乏の申し子。寿嶺二も弁当屋の子。財閥御曹司に出来ないことを出来るわけもなく。
「兎に角レンレンに会おう!」
という寿嶺二の発言により、なぜか一ノ瀬トキヤまでカミュの自宅に侵入することになった。
カミュは現在邸宅を購入し、そこに神宮寺レンと暮らしているらしい。警備は厳重で、メイドや執事もIDつきのカードがなければ入れない仕様になっている。
が、そんなものは勿論ないので、コソ泥よろしく侵入しているのである。因みに二人がいるのは、あまり大きな声では言えないような、とてもではないがアイドルの通り道ではないところで。
「あっ、こ、寿さんんんん」
「わぁ、いろっぽーい。じゃなくて何変な声出してんのトッキーやめてよ寒いよ!」
「あ、な、たにだけは!言われたくありません!」
地図は頭に完璧に叩き込んだ。だが、予想以上に道とも言えない道は狭く、はてしなかった。
それでもやっとのことで光が見え、狭苦しい場所から脱出する。
「うっわ、なにこの白さ!怖いよぉ」
「確かに、これでは気が病みますね」
辿り着いたのは、恐らく神宮寺レンがいると思われる部屋。
しかし、そこは白で固められた病室のようだった。
「ホントにこんなとこにレンレンがいるの?」
「いえ、でも情報によるとここのようです」
「あのレンレンだよ?」
「ええ、まあ」
一ノ瀬トキヤも曖昧に頷くしかない。
神宮寺レンという男は、白よりも仄暗い明るさの部屋が似合う男だ。ともすれば、そこで女性の一人でも口説くような男。
そんな男がこんな真っ白の部屋にいるとは到底思えない。
「ですが、情報はあの人からですし」
「まあね。ひじりんも伝を使って調べてくれたみたいだし、ここしかないよねぇ」
聖川財閥ともう一人の協力者が揃って同じ場所を突き止めた。有り得ないことだが、他に考えようもなかったため、乗り込むことにした。もしこれで間違っていたとしても、一ノ瀬トキヤと寿嶺二のアイドル生命だけで済む。今は、仲間の人生がかかっているのだ。
ふわりと、風が吹く。
すると、部屋の奥にカーテンで仕切られた場所があった。二人は目を合わせ、頷く。
周りに注意を配り、近付く。
部屋には、ベッド、テーブルがあった。不自然なほど綺麗に。
そして、カーテンの中にある人影。うっすらと見えるオレンジ。それは、間違えようもない随分前に見たきりの友の髪色。
カーテンを開ける。
「レン!」
そこには、一ノ瀬トキヤの仲間が眠っていた。真っ白なシャツとスラックスを纏って。
抱き起こし、脈を確認するとしっかりと動いていた。
「レン、レンッ」
「レンレーン、レイちゃんだよーん。ほら、おーきてっ」
揺さぶり起こすと、そろと瞼が上がる。
「レン!」
だが、それだけだった。
一ノ瀬トキヤの仲間は、目を開けただけ。二人を見ているようだが、どこかハッキリとしない。焦点が合っていない。
「レン?」
「レンレン?どうしちゃったの?」
「四年前からだ」
その時、部屋の主の声が鼓膜を震わせる。
ハッと見遣ると、二人のすぐ近くにいた。壁に身を預けている。
「カミュ先輩・・・」
「ミューちゃん」
「だから会うなと言っただろう。もうソイツは戻れん」
静かに語られる言葉は、胸に刃となって突き刺さった。
これが、あの神宮寺レンなのだと。冷たく突き付ける。
「一体、何故このようなことに・・・」
「知ったところでどうにかなるわけでもあるまい」
五年間。ただひたすらに面会を拒絶し、表に出すどころか顔さえも見せなかったのはこのためだったのか。
身体は細くなり、骨が浮き出ている。この男が食事を与えないとも考えられない。それに、様子がおかしい。声に反応しないのだ。
「まあ、いい。連れ帰るでもなんでも好きにしろ」
「カミュ先輩」
「というわけです。それでもあなた方はこれをお引き取りに?」
「っ、神宮寺さん・・・っ」
カミュの視線の先には、神宮寺誠一郎の姿があった。険しい面持ちで、弟をじっと見つめている。
「何故、ここに・・・私達だけで行うと・・・」
「弟の身に危険が及んでいるかもしれないというのに、黙って待っていられるわけがない。それに、彼に気付かれないはずがないだろう」
「それは・・・」
神宮寺誠一郎は、淡々とした声で言った。
作戦すらもまるで掌中で踊らせていたかのようだ。
カミュとの間に、冷えた空気が漂う。
「弟のアルファならばと、婚姻も認めたが・・・よもや妻を精神崩壊させるまで追い詰めるとは。噂に違わぬ冷徹なお方のようだ」
「私のことをご存知とは有難いです」
「弟は返してもらう。二人とも、頼む」
「は、はい!」
神宮寺誠一郎は、踵を返した。
「私はオメガではないから分からんが。アルファとオメガは運命の番。その糸は容易に断ち切れん」
脳裏をよぎるのは、今は亡い父と母の姿。
父ではない人の子を身籠ったと言れた母と、自分以外の男の子を身籠ったと言った父。それでも番ったのは、離れられない運命だったから。
「仮令、気に食わん相手であったとしても、その運命は与えられたものだ。ならば、奪うのではなく、与え合うべきではないか」
そして、カミュの邸宅を後にした。
     
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