悠久(ぜつぼう)
暗い水底の中。
光も射さない、深淵。









「レン」
応えは、ない。
いつものことながら、何度目かになる溜息。このやりとりも何度目か。
「食事もとっていないようだな。それでは子を産むことはおろか復帰も出来ないぞ」
きつく言い含めても聞いてはいない。義務のように抱いても、喘ぎが漏れるだけ。
数々の女性をレディと呼んでいた頃の彼は形を潜めた。
ここにいるのは、抜け殻。
「食事だけでもとれ」
常套句のようになったそれが彼を思っての言葉になったのは、はたしていつからか。可愛い後輩から、ただの子供を産むためだけの道具へと変わる瞬間よりも長い時間かもしれない。
「レン」
応えは、ない。
「レン」
触れた肌は温かい。不思議だ。ここにはいないのに、体温だけはしっかりとある。オレンジ色の太陽のような髪色と同じ温もり。
ここに情はなかった。ただの子供を産むためだけの道具だ。
お決まりのように、蜜壺へ手を伸ばす。
濡れ切った秘部は、自分のためだけに誂えられたよう。指で丹念に解さなくても濡れ切っており、運命という関係の深さを知る。
肉棒をおさめると、微かな喘ぎが漏れた。
声を出させるために、腕をまとめる。
律動に合わせ、徐々に艶を増す声は耳をそろりと撫ぜていく。
中へと一度目の欲を吐き出す。掠れた声は、同時に達したことを知らしめた。
「レン」
頬に触れる。
ひたと見据えると、視線が向く。しかし、その目を見た瞬間、胸に何かが巣食う。
再び、律動を始めた。
応えは、ない。
そう。もう、応えはない。
あの可愛い後輩はいない。ここにいるのは伯爵家の跡継ぎという子供を産む道具。
厄介なアルファとやらに産まれたせいで、子供を好きな人に産んでもらうことをとうの昔に諦めた。それどころか、政略結婚もままならず、跡継ぎを作るためにオメガを探せと催促された。自分の意志も何もかも無視して。
ならば、望み通りにしてやろう。子供さえいればいい。後はどうにでもなれ、と。
だが、結果としてはどうだ。一族が求めた結果は得られず、お前が悪いのではないか、オメガに不備かあったのではと一族は揉めた。ついには養子の話や伯爵家の爵位剥奪の話まで持ち上がる始末。
それを冷めた目で見つめる、自分。
「レン」
可愛い後輩だった。少し前までは。シャッフルユニットも組み、よく懐いて、指導した後輩よりも可愛かった。よく気が利いて、一緒にいても苦ではなかった。番となるまでは。
番と分かった途端気持ちは冷めた。これは子供を産む道具なのだと、冷めた目で見ていた。
淫らにも喘ぐ男に、呆れてすらもいた。所詮はオメガ。子を産むためだけの道具。そのための機能か。女性を口説き回っていても運命には抗えない。
そのはずだった。
「レン」
だが、どうだ。結果は、散々ではないか。
一族はやっと得られた番に手放しで喜び、その日のうちに籍を入れた。相手が財閥御曹司ということも一因だろう。そこらへんの卑しい輩ではなく、血統書つきだったのだ。
しかし、望まれたオメガはとうとう子供を産むことがなかった。
五年の月日が流れた。籍を入れてから、五年。運命となり、うなじを噛んでから五年。最初に抱いてから五年経った。
オメガは未だに身篭らない。ただの一度も子を宿さなかった。まるで、思い通りにはならないとでもいうように。
「レン」
そして、オメガはーーー。
「レン」
今ではもうどんな風に話していたか分からない。昔のように会話を交わすことが出来ない。
そうしようとも、きっと応えはないのだろうけど。
「レン」
一度で、中から抜いた。
すっかり気持ちは冷め切って萎えていた。
燃え上がるような欲望を抱き、何度も抱いていたのは遥か昔。今では義務で抱いている。一族のいうとおりに。
ならば、抱かなければいいのだろうが、それでも抱いた。ただでさえ細い身体に骨が浮いて見えても、骨張って抱き心地が良くなくても。
そして、抱いて眠るようになった。
以前ならば、抱いた後は放置していた。しかし、今では抱いて眠るのが日常だ。
贖罪?いや、違う。
情が芽生えた?そんなはずはない。
ただ、細くなっていく身体を抱いて眠りたかった。
「レン」
実家からは幾度となく、面会の催促が来ていた。後輩からも。
望み通り、会わせてやればいいのだろうか。いやしかしそれでとられては叶わない。
子を産んでもらわなければならないのだから。
「レン」
声に含まれたものは、はたして何か。未だ分からずにいる。
     
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