私を愛して
その目が、僕をとらえて離さない。
「ひ、ぃあっ」
大きくなったお腹。宿る命は、僕を生かす時限爆弾。
早くこの世界から消えて無くなりたいのに、僕を捕まえて離さない小さな手。
あともう少し。
何度もそうやって言い聞かせてきた。
「ぅ、う・・・あ、あっ」
何度目かの絶頂に追い立てられる。
「れ、いじっ」
それなのに、その声が、目が、何故か焦燥感を感じる。追い立てられているはずなのに、追い立てられているのは彼なんじゃないかという錯覚。
それは、日に日に大きくなっていった。
「嶺二、嶺二っ」
何度目かの絶頂で、ぐったりとなる。
彼は、僕の身体を抱き締めた。お腹も潰れちゃいそうなくらいキツく抱き締められる。
何が彼をそこまで追い詰めているのか。
僕には分からない。と、そっと箱を閉じる。
彼との共同生活が始まって早一月。彼は、僕を監禁することなく仕事にも行っている。僕が死んだりいなくなったりするわけがないと分かっているから。
僕は、お腹に彼の子供を宿している。オメガである僕は、アルファであり番でもある彼の子供を身篭ったことで死ねなくなった。少し前までは死んでやろうと思っていたのに、お腹に子供がいると思ったらそんなことできっこなかった。
一人で彼を待っている間、僕はゆっくりする。家事もやることがないと、ぼうっとする。ここに誰かが来ることはないから。
お腹をじっと見て、時間が経つ。彼が帰ってきて、ただいまって言って、おかえりって返して。やっと一人の時間が終わる。
寂しくないといえば嘘になる。
でも、彼が帰ってきても拭えない。彼のいる世界は眩しすぎるから。
「嶺二、嶺二、嶺二」
それでも彼は毎晩僕を抱く。胸が締め付けられるような声で僕を呼びながら。
僕は、前みたいに「なぁに?」って返事することもない。
「あ、なか・・・なか、きてるぅっ」
ただただ彼の腕の中、僕は啼くだけ。
いつかこの焼き付けるような眩しさがなくなることを予測していた。
この家に来訪者が訪れるのは、彼が来てから初めてのことだった。
この日は、彼の帰りが遅くてどうしたのかな、なんて思ってた。
夜中、鍵の開く音がして出迎えに行く。
現れた人影に僕は目を瞠った。
「こ、とぶき・・・」
「嶺二・・・」
「ミューちゃん、アイアイ・・・」
嘗ての仲間が、彼を背負って現れた。
彼は酔っているようで、ぐったりとしていた。僕はどうにも出来ないから、彼をお願いしてコーヒーを用意する。
「まさか、帰っていたとは」
「ランランからは?」
「何も。ここに連れて行け、としか言わなかったよ」
メンバーにも僕のことは黙っていたらしい。それもそうか。僕のお腹に自分の子供がいるなんて言えないもの。
コーヒーを飲んで、二人は一息ついた。
視線は、僕のお腹にある。
「黒崎の子か」
「うん」
「そうか」
何を言ったらいいのか分かんなかった。多分、二人も同じ。突然メンバーが番になって身篭ってたなんて信じられないだろう。
さて、どう説明したものか。
言い訳を考えていると、幼馴染に良く似た風貌の彼が口を開いた。
「ここ最近蘭丸の様子がおかしかったんだけど、これで分かった」
「様子?」
「あまり仕事に打ち込めてないみたいだったから」
「そう、なんだ・・・」
それは、もしかしなくとも自分のせいだろう。
逃がしてくれればよかったのに。余計なしがらみを背負わないで、旅立たせてくれればよかったのに。
僕なんて生きていてもしょうがない。
「嶺二、勘違いしてない?」
「勘違い?」
「蘭丸が悩んでるのは、嶺二のせいっていうか・・・」
「まあ、アイツのことだ。どうせ、自分のせいで貴様を苦しめてるとかおかしなことでも考えているのだろう」
「はは、何言ってんの」
そんなわけはない。彼は優しいだけだ。
ただ、その優しさに生かされることが残酷以外のなにものでもなかったけれど。
「・・・あのね、嶺二。何をそんなに鬱屈してるのかは知らないけど、僕達は嶺二抜きでユニット活動するつもりはないからね」
「え?」
「まさかここまでバカだとは思ってなかったから言わなかったけど、僕もカミュも蘭丸も。三人だけでやるつもりは全然ないよ。嶺二がいないと意味ないんだ。みんなが気付いてないだけで、僕達だけで活動してもたかが知れてるよ」
「そ、んなこと」
「あるよ。だって、僕達は四人だからユニット活動をやったんだよ」
真摯な瞳に、嘘はない。
それは、僕の今までの常識を覆すようなセリフ。
だって、僕はいつだっていなくてもいい存在で。だから、三人だけで活動していたらもっと上が見れるんじゃないか、僕は邪魔なだけなんじゃないかと思った。
でも、ミューちゃんも、アイアイの言葉を違うって否定しなかった。黙って、聞いていた。
「だから、七海春歌も嶺二に曲を作ったんだと思うよ。音也もトキヤも嶺二じゃなきゃユニット組まなかったし、真斗もレンも認めてる。那月や翔、セシルもみんな。そろそろ認めてあげなよ、自分でさ。もう嶺二の歌はみんなをひきつけてるよ」
その途端、胸の中に巣食ってたモヤモヤが一気に霧散した。
そう。知ってる。ホントは僕が一番僕って存在がいらないって思ってることも。ファンの声なんて耳にも届いてなかったことも。
あの子が作ってくれた曲に引け目を感じてたことも。
同じ顔の幼馴染が、僕よりも才能があった彼が、ここにいたら僕なんてここまで来れなかったと自嘲めいていたことも。
「ねぇ、嶺二。僕達あまり気が長くないから、早く帰ってきてね。じゃないと、カミュなんてシルクパレスに帰っちゃうよ」
滅多に感情を口にしない彼が、そもそも感情なんてない彼が戻って来てと切に願う声が幼馴染を連想させて。
「うん」
僕は、くちゃくちゃの顔で笑った。涙とか鼻水とかでぐちゃぐちゃだったけど、アイアイは僕を抱き締めてくれた。
「この、愚民が」
「ミューちゃん」
「子供を産むまでだ。待ってやるのは」
だから、早く帰って来い。そう言われたような気がする。
「うん」
そうか。
僕は、帰って来いって引っ張られたかったんだ。
「バカ嶺二」
「えへへ」
「ま、蘭丸には無理だろうけどね。蘭丸は嶺二のことしか考えてなかったみたいだから、ユニット云々よりも、嶺二がいなくなったことの方がキツかったみたいだし」
「ねぇ、なんでランランはこんなことを?」ずっと疑問に思っていたことを口にすると、目の前の二人は揃って目を丸くした。
「まさか、まだ気付いてなかったのっ?」
「寿、貴様・・・」
「呆れた。蘭丸が可哀想だね」
「へ?」
ミューちゃんが、同感だと頷く。
そして、齎された真実に僕は初めて彼の気持ちの重さを知った。

     
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