続カミュレンの場合
「おいしい!」
「ホントかい?それは良かった。ほら、こっちも食べて食べて」
「いいんですか?」
「いいよいいよ。オレ、お腹いっぱいだから食べてほしいな」
「はいっ、ありがとうございます」
カミュは呆れた。
二個まで、と言っておきながら自分の分までやっている。苦手なくせに一緒に食べてやっているし、本当に母親みたいだ。
怯えていたくせに、小さなカミュはすっかり神宮寺レンに懐いている。にこにこと、お菓子を一緒に食べて。
「これ、よーかん?おいしいです。わたしの国にはこんなにおいしいおかしありません」
「だろう?ほら、もっと食べて」
「はいっ」
「ふふ、可愛い」
「あっ」
しまいには、ほっぺについたクズまでとって食べた。
小さなカミュは照れて顔を赤くし、神宮寺レンは愛おしげに見つめる。宛ら親子。
(俺にもしないようなことを)
寧ろ、カミュがとってやるため、今では立場が逆である。
「カミュは外国のひと?」
「ああ。シルクパレスという国から来た」
「どんなところ?」
「寒い国だ。日本より寒い」
「北海道よりも?」
「ああ、寒いな」
「ホント?じゃあ、日本は寒くない?」
「寒いときもあるが、シルクパレスほどではない」
「へえ!」
小さな神宮寺レンは好奇心旺盛に、なんでも訊ねてきた。
今の彼よりも幼い口調と、くるくる変わる顔に笑ってしまう。可愛いったらありゃしない。
一方、神宮寺レンは苦々しい気持ちでそれを見つめていた。
正直、あの頃の自分には近付きたくない。あの頃はまだ周りがよく分からず、なんで誰も自分に近付いて来ないのか、父も兄も側にいてくれないのか分からなかった。
そして、母と自分が厭われた理由も。
だから、嫌だ。あれは、神宮寺レンの闇そのもの。今はカミュに構ってもらって嬉々としているが、きっとそのうちカミュを食らうようになる。構って構ってと、代わりにする。だから嫌いだ。近付きたくない。
「どうしたんですか?」
「ん?ああ、・・・やっぱお腹すいちゃったかなぁ」
「あ、じゃあ、これ」
「いいの?ふふ、ありがと。・・・うん、おいしいね」
「はいっ」
それに比べ、カミュの小さい頃は素直だ。純粋で、無垢。何も知らない。きっと愛されて育ったのだろう。
今の彼になるまでは、何も知らず。
だから、小さなカミュの相手は楽だった。可愛いし、構ってやりたい。恋人の小さい頃と思うと好きだと思う。
「あの、お名前はなんていうのですか?」
「オレ?オレはレンだよ。キミは?」
「わたしはカミュです。レン・・・キレイな名前です」
「ふふ、ありがと。んー、可愛いなぁ」
「わっ、・・・ふふ」
抱き締められ、小さなカミュは嬉しそうに笑った。
その様子を、小さな神宮寺レンはじっと見つめていた。なんにもない、からっぽの目で。
恐らく、これが神宮寺レンの本性だろう。
産褥した母親のせいで愛されなかったと聞いているが、よもやここまでとは思いもしなかった。母親の遺した子守唄だけが唯一の救いだった、と。そう語る様は乗り越え、思い出すようだったが違ったのだ。あれは乗り越えたのではなく、隠すのが上手い大人になっただけ。本当のところはずっと大きな闇が巣食っている。
「レン、腹はすかないか?」
「ペコペコ!」
「なら、食事にしよう。何が食べたい?」
「んーと、んーと、えーと」
「嫌いなものは?」
「あんまりないよ」
「なら、美味しいものを食べさせてやる」
「ホント?」
「ああ、いい子で待っていろ。レン、自分の面倒は自分で見ろ」
「え、ちょ、バロンっ?」
慌てる神宮寺レンをよそに、カミュはさっさとキッチンに行ってしまった。ついて行っても役に立たないと追い出されてしまうので、渋々と神宮寺レンは小さな自分を見つめる。
互いの視線がかち合う。
お互いに、自分の闇を知っている。いや、この頃はまだ気付いていない。
けれど、なんとなく分かる。二人とも、一番会いたくない人に会ってしまったような感じだ。
小さなカミュは二人の様子に首を傾げた。じっと見つめ合うだけで一言も発さない。優しいお兄さんも、お兄さんによく似た子も。どうしたんだろう。
深刻な雰囲気の中、お菓子はあとひとつ。カミュの大好きなマフィンだ。
小さなカミュは、マフィンを四つに分けた。
神宮寺レンの皿に一つ。
そして、
「いっしょに食べよう?」
小さな神宮寺レンに、一つを差し出す。
小さな神宮寺レンは、きょとんと目を丸くした。稍あって、恐る恐るそれを手に取る。
「あ、ありがとう」
「おいしいよ」
「・・・ほんとだ」
「ねっ。おいしいね」
小さな神宮寺レンは、小さなカミュと笑いあった。
その様子を横目に、神宮寺レンは小さく息をついた。
あの頃から甘いものはそこまで好きじゃない。けど、嘘は言っていない。本当に美味しかったのだろう。
友達なんてそう言えばいなかったかもしれない。
「はぁ。バロンには助けられてばっかりだ」
まさか小さな恋人にまで助けられるとは。流石、自分が選んだ恋人と言うべきか。
カミュは手っ取り早くパスタを作った。小さな二人がそろりそろりと皿を運んで、カミュに褒められ頭を撫でられて嬉しそうにする様は微笑ましい。
「カルボナーラだ!」
「おいしい!」
小さな二人はきゃっきゃっと楽しげである。
が、神宮寺レンは複雑だ。
「レン」
「なんだい、バロン」
カミュは、神宮寺レンの唇を奪った。
ぽかんとする神宮寺レンに、ふっと笑う。
「うまいな」
「・・・食べてたくせに」
「ああ、味見だ」
「・・・ありがと」
複雑な心中を察したのだろう。紛らわせるというより、優しく慰めるようなキスに神宮寺レンは泣きたくなった。
まさか、この年になって闇そのものと対峙することになろうとは予想だにしなかった。心を闇が覆っていた。
丸めて奥の方に捨てて隠しておいたのに。
「大丈夫だ、レン」
「バロン」
「お前の選んだ男と、俺が選んだ男を信じろ」
揺るぎない言葉。
神宮寺レンの闇さえも優しく包み込んでくれる。
「そうだね、バロン」
まるで救いのように。一筋の木漏れ日が射し込んだ。
でもね、バロン。アレは違うんだよ。信じる信じないとかの問題じゃない。アレは闇そのもの。闇を食って生きてきた。
「眩しいな」
闇は、光の中では生きられない。
そして、闇は闇を覆い尽くす。
闇の中で、光が生きられないように。
     
return
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -