カミュレンの場合
やけにぬくぬくするなと思った。
冬将軍到来してから、裸で眠るのにも限界があるなとは思っていたがとうとう風邪でもひいたのだろうか。今までひいたこともないのだが。
彼の愛する人が抱き締めてくれているのかもしれない。裸で眠る彼を冷えてしまわないと、決して高くはない体温で包んでくれるのだ。
にしては、少し温かい。
これは、そう・・・子供体温のような。
うっすらと目を開けた。その時。
「う、うわぇえええええええええ!」
神宮寺レンは、ベッドから落ちた。
「ふえっ」
「んっ・・・」
「ん、」
ベッドの上では、三者三様で目覚める。そう、三者三様。
ベッドの上にいるのは、一人ではなかった。
「・・・なっ」
まず、我に返ったのは愛する人。目の前の光景に呆然としている。
それはそうだろう。驚きすぎてひっくり返ってベッドから落ちた神宮寺レンはうんうんと頷く。
何故なら、彼らの目の前には、
「じょ、ジョージ?」
「ふぇ、ここはどこ?」
幼い頃の彼らが、そこにいるのだから。
「えっ、・・・ええっ、え、・・・・・・・えええええ」
神宮寺レンは、二人を交互に見遣る。多分、一人は自分で間違いない。
だが、もう一人は、見間違いでなければ愛する人の小さな頃の姿。天使と見紛う愛らしい容姿、大きな目と白い肌、ぷっくりと薄い桃色の唇。将来氷の伯爵となるとは考えられない、汚れを知らない純粋な目。
「か」
ヤバい。これは、不意打ちだ。ヤバすぎる。
「かわぃいいいいいいいいい!」
「ふえっ!」
突然抱き締められた、小さい伯爵は大きな目に涙を浮かべて戸惑った。
「な、なにをするんですか。は、はなしてくださいっ」
「やだやだやだかわいぃいいいい!え、何、とうとうオレ産んじゃった?やったぁ!バロン、名前どうする?もうかわいぃよぉおおおお!何コレドッキリじゃないよねっ?」
「・・・神宮寺」
「あぁああああ別に産みたいとか思ったことないけど、ちょ、これは不意打ちだよもうかわいすぎ!バロン、こんなに可愛い子をありがとう!」
「おい神宮寺」
「んーっ、かわい。もうちゅうしたげる、んちゅー」
「レン!」
「ん?」
「ソイツは恐らくお前が産んだのではなく、小さい頃のオレだ。そして、気絶しそうだからそろそろ離してやれ」
離してみれば、ふえふえ泣いて本当に気絶しそうだった。大きな目に涙を浮かべて。
だが、
「あぁああああんだめぇえええ離せないぃいいいいいいいかわいすぎるぅううううう」
「レン!」
カミュがひっぺがすまで、神宮寺レンは離さなかった。
そして、放置された小さな神宮寺レンと言えば。
「・・・」
無表情だった。
だが、神宮寺レンには分かる。
(すごい緊張してるな・・・)
突然、何処かも分からぬ場所に連れて来られ、無表情でどうしようと思っている。
「レン、それは」
「あー多分、小さい頃のオレ」
「そうか」
どうやら小さい頃の自分に食指は動かないらしい。それどころか、苦虫を噛み潰したようだ。
カミュは、小さなレンに視線をやる。
膝を抱えて、一言も発しない。目線はベッドにあるが何処を見ているのか。
大きな目。小さな顔。これが本当にあの神宮寺レン?どうやったらこのイタリア男になるのか。
「ば、バロン。そろそろ、ちっちゃいバロン貸してよ」
「断る」
「えー!」
ホッと、腕の中の小さなカミュは安堵の溜息をついた。突然、抱き締められてびっくりしたのだろう。
今は神宮寺レンから隔離して、腕の中で守っている。それもヨダレ垂らしてかわいいかわいい言う恋人にかかれば時間の問題かもしれない。
「少し待っていろ」
カミュは小さなカミュの頭をくしゃりと撫でて、小さな神宮寺レンの隣に腰掛ける。
これが幼い頃の神宮寺レンだとしたら、愛しく思わないわけがない。最愛の恋人なのだから。
「私は遠い国から来たカミュだ。お前の名前は?」
「・・・」
小さな神宮寺レンは、チラと一瞥しただけ。口は開かない。本当に今の彼からは想像もつかない姿だ。
「お前の名前を呼ばせてくれないか?」
「・・・神宮寺、レン」
やっと教えてくれた名前は、小さくてか細く、聞き逃してしまいそうな声音。
「そうか、ありがとう。レン」
「・・・うん」
微笑みかけると、小さな神宮寺レンは頷くだけ。
神宮寺レンには分かる。あれはすっかり気を許してる。流石、オレの恋人と鼻が高い。
が、複雑でもある。この頃は、ちょうど家の中に居場所がなくて、それでも欲しくて泣いてばかりいた時だ。
宛らそれは神宮寺レンの闇そのもの。あまり対面したくはない。
しかし、
「んーふふぅ」
小さいカミュは別だ。
今の彼からは想像もつかない、悶絶ものの可愛さ。神宮寺レンはにまにまと真正面から顔を覗き込んだ。
ビクビクと震えていて可愛い。
「かわいいなぁ。これがちっちゃい頃のバロンかぁ」
「あ、あの・・・っ」
「あっ、ねぇ、お菓子は好き?」
「えっ、はい!」
「待ってて!バロンの持って来るから!」
パタパタと、神宮寺レンは寝室から出て行った。
後に残されたカミュは息を吐く。
気を引こうとか考えたわけではないのだろうが。今のですっかり小さなカミュは気を許してしまっている。幼い頃はこんなに単純だったろうか。毒殺や暗殺の危険性も考えないとは頭が痛い。
これがもう少ししたら、渦中に放り込まれるのだ。
「だが、今はいいだろう」
甘いとは分かっている。
けれど、どうしてもパアッと顔色を変えた自分に現実を突きつけられなかった。
「ばーろん、あったよ。なんにしようか、マドレーヌ?フィナンシェ?あっ、聖川から貰った羊羹もあるよ!」
「レン、貴様それは俺が隠していたやつではないか!」
「もう!バロンは黙ってて!ちっちゃいバロン優先に決まってるだろ?」
「な、んだと・・・?」
カミュは愕然とした。よもや、恋人に後回しにされる日が来ようとは想像だにしなかった。
いつも健気に甘味を運んでくれた良き妻である方がおかしかったのか。
「俺の、甘味が・・・」
ベッドに突っ伏するカミュを、小さな神宮寺レンが撫でてあげようかな?と見ていた。
「マフィンもある!どれにする?」
「えと、えと・・・」
「ふふ、迷っちゃうのかい?でも、全部はダメだよ?ご飯が入らなくなっちゃう。それに楽しみが減っちゃうだろ?んー二個までならいいよ」
まるで母親だ。
カミュは、小さな頃の自分を睨んだ。楽しそうに選んでいる自分が恨めしい。しかも、恋人にあんなに甘やかされて。
ギリギリ歯噛みするカミュに、小さな神宮寺レンはビクッと肩を竦めた。
「えと、じゃあ、これ、と・・・これ」
「羊羹?渋いねぇ。じゃあ、オレも一緒に食べようかな。おいで、あっちで一緒に食べよう」
神宮寺レンは、小さなカミュを抱き上げてリビングへと行ってしまった。
カミュは、すっかりふてくされてしまった。自分の菓子を他人(自分だが)にとられた挙げ句、恋人までとられた気分だ。神宮寺レンが女だったらきっと子供がいただろう。良かった。子供にまで嫉妬することがなくて。
「あ、あの・・・」
「どうした」
もうこのまま寝てしまおうかと思っていると、小さな神宮寺レンがおずおずと話しかけてきた。本当に小さな頃はただただ可愛い。
「これ、どうぞ」
差し出されたのは、チョコレート。某会社のパッケージの板チョコだ。
「ジョージがくれたけど、オレ、あんま甘いの食べないから」
カミュは、小さな恋人を抱き締めた。
訂正。
やっぱり恋人との子供ならいいかもしれない。
     
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