Scar with love you
それは、突然だった。
「なんかあったのかな?」
「そうですね」
試合前。
スタッフやらなんやらが慌ただしかった。
既にコースに並んでいた岩鳶の面々は、その様子を遠くから見ていた。
「あれ?あれって、凛ちゃんたちじゃない?」
目を凝らすと、なるほど。親友とそのチームメイトが渦中にいた。
親友は、肩に幼馴染という山崎宗介を担ぎ、必死に呼びかけている。
山崎宗介は、息も荒く今にも倒れてしまいそうな感じだった。
「大丈夫かな?」
「熱でもあったのかな?」
彼が出られないと言うならば、補欠選手と交代するのだろう。ここは勝利に近付いたと喜ぶべきなのだろうが、彼らを知るからこそ素直に喜ぶことはできない。一緒に泳ぐことが出来なくて残念だった。
しかし、それと試合は別だ。手は抜かない。
鮫柄も残った選手でベストメンバーを出すだろうし、強豪校だから舐めていられない。舐められているのはこちらだ。
兎も角ケアだけは怠らないようにしようと、ストレッチを始めた時だった。
ぬっと大きな人影が現れた。
視線を上げると、先程までベンチで息も絶え絶えになっていた山崎宗介がいた。
「あれ、山崎君。大丈夫なの?」
まだ熱はありそうだが、出るつもりなのだろうか。身体は大丈夫なのか。
でも、彼の肩のことを考えると、彼が無理をしてでも出たい気持ちもわからないでもない。
「真琴、逃げろ!」
その時、遠くで親友の声が聞こえた。
なんだろうと首をかしげたのも束の間、影が大きくなる。気付いたのが一瞬遅く、山崎宗介に覆い被さられる。
「ちょ、山崎君っ?」
「真琴!」
「まこちゃん!」
「真琴先輩!」
危険を察した仲間が、駆け寄ってくる。
「逃げろ、真琴!」
親友も、必死の形相で走っていた。
それを遠目に、真琴は息を飲んだ。飲み込まれそうな暗い瞳が自分を見下ろしていた。
「や、まざき、くん」
彼の顔が通り過ぎた。そう思った時、うなじに鋭い痛みと熱が走った。
「あぁああっ」
「真琴!」
「宗介、やめろ!」
噛まれた。否、食われたと気付く。
彼の口には、真琴の皮膚がべったりと張り付いていた。
血の付着したそれを、にたぁっと舐める。
おかしい。何かが、おかしい。
それは、違和感などというレベルではなかった。同じ顔をした、全く違う誰かのようだった。
「宗介、おま、何してんだ!」
親友の制止も、彼には聞こえていなかった。
山崎宗介は、真琴を肩に担いだ。
「宗介!」
「真琴!」
「え、な、え・・・」
何が何だか分からず、目を丸くする真琴をよそに山崎宗介はずんずん進んでいた。










それからは、地獄だった。
更衣室に連れて行かれ、抵抗する真琴を山崎宗介は押さえつけて犯した。
そして、ホテルに移動すると、何度も犯した。
山崎宗介が達する時、射精が長く、一度の絶頂で真琴は気を失いかけた。しかし、真琴を無理矢理ストロークで起こし、また注ぐ。
気を失っては、また起こされた。
日付の感覚すら分からない。
途中、誰かの声が聞こえたような気がしたが、気のせいかもしれない。
もう何度目かの絶頂を注ぎ込まれ、真琴は意識を手放した。それも何度目か分からない。
だが、やけに長い眠りだったような気がする。
ふと、温かいものに包まれている気がした。終わったのか。
そろりと目を開けると、そこには恐怖の象徴がいた。
瞬間、脳裏に行為が走馬灯のように蘇った。
やめて、助けて、と泣き叫ぶ真琴を組み敷き、犯し尽くしたあの絶望と恐怖の時間が。
真琴は、逃げた。逃げて逃げて、けれど捕まった。
もうダメだ。嫌だ。苦しくて、辛くて、誰も来てくれない。誰も真琴を助けてくれない。
いるのは、真琴を犯し、無情に腰を振る男だけ。
が、山崎宗介は真琴を抱き締めてただただ謝った。
言い訳もせず、ごめん、と。
それでも、逃がしはしないと言われた。
まさかと、また暴れようとした。
しかし、そばにいてくれと、切ない声で願う男に真琴は出来なくなった。
けれど、真琴は知っている。
彼が今まで見ていたのは自分ではない。自分の親友だ。親友を追いかけ、選手としての最期を側で迎えることを願うほどに。
だから、答えられなかった。
その後、真琴と山崎宗介は番だと判明した。山崎宗介はアルファ、真琴はオメガだった。
山崎宗介が、突然倒れ、熱に浮かれて真琴を犯したのはアルファの押さえつけられた本能のため。オメガを前にして、アルファの欲望が解放されてしまったのだ。
山崎宗介は、常日頃から親友に襲いかからないように抑制剤を飲んでいたらしい。
そして、真琴はあの日なんとなく熱がある感じだった。それは、真琴が発情期だったからだ。
つまり、真琴の発情期にあてられ、山崎宗介は番の匂いで暴走したのである。
俺のせいだ。真琴は、自身を責めた。山崎宗介は必死に抑えていたのに、真琴が目覚めさせてしまった。親友のために我慢していた欲望を。
最悪なのは、その後だった。
なんと、真琴はその行為で妊娠したのである。
「ごめん」
山崎宗介は、わざわざ謝りに来てくれた。
しかし、真琴の罪悪感を突くだけだった。
山崎宗介は凛が好きなのに、自分のせいであんなことになった挙句、剰え望まない相手との子供を作ってしまった。
どうしよう。
青ざめる真琴を前に、しかし山崎宗介は冷静だった。
「橘。俺と結婚してくれ」
「山崎君」
彼ならそう言うと思った。だから言わなかったのに、彼の好きな人は口を割ってしまったらしい。
「子供も、お前も、俺が守る」
守る?
誰から?
何から?
俺から?
俺のせいで、出来た子だから?
心には、凛がいるのに?
「嫌だ」
「橘」
「山崎君は凛が好きなんでしょ?俺のせいで子供まで出来たからせきにんまでとるって、そんなの嫌だよ。そんなので責任取られたって、悲しいよ!」
自分が入る隙間なんて、ちっともないくせに。
「橘」
山崎宗介の手が、そっと真琴の手を包んだ。
まるで、あやすように優しい声に泣きそうになる。最後みたいで。
「凛は・・・なんていうか。俺にとって、一番大事なやつだ」
知っている。
だから、側にいないでほしいのだ。
同情ほど悲しい感情はない。
「だけど、多分、複雑な感じで恋とは違うし、友情なんてもんを越えてる。アイツとは、一心同体みたいな感じなんだ。俺らは、離れたけど、多分、一緒に泳ぎたかった。世界を見たかったーーー仲間として」
「山崎君」
「ごめん。俺にもよくわかんねぇんだ。だけど、こうやって涙を拭いてやりたいのも、可愛いって思うのも、橘なんだ」
しっちゃかめっちゃかだ。
まるで、凛は第二夫人だとでもいっているみたい。
真琴でなければ、違うと分かりやしないだろう。多分、真琴が遥に抱いている感情と同じだから分かるのだ。
「なぁ、橘。嫌だなんて言わないでくれ。俺と、運命の糸を繋いでくれ」
彼らしくない、間怠っこしいクサイセリフ。
でも、それを言われるのは自分だけなのだ。
「ふ、不束者ですが、宜しくお願いします」
親子共々、と、真琴は呟いた。
「俺こそ、宜しくなーーー真琴」
やっと呼んでもらえた名前に、真琴はほんのりと頬に朱をさした。
     
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