イケメンな旦那様でも予測出来ないことはあります
「は?」
いの一番に、トキヤが我に返る。
「え、産まれるって、ええっ?」
「は、はは、イッチー。何を驚いているだい、後ちょっと声落としてぇええ」
声だけでも、頭に響く。
さっきから徐々に陣痛は感覚が短くなり、どしん、どしん、と響いていた。脂汗が滲む。
笑っているが、その実座っているのも限界だった。
ばたっと、ソファーに突っ伏する。
「じ、神宮寺!さ、産婆を呼ぶから待っていろ!」
「それを言うなら救急車じゃないかな!」
こんな時に、真斗はいつの時代の人間だというようなボケをしてくれる。しっかり者のお前はどこいった。後、古風キャラは捨てろ。
ただでさえ考えるのも辛いくらいなのに、と文句を言おうとした。
「あ、救急車ー!」
「原始的!」
「あ、そっか。ちょっと拾ってくる!」
「それタクシーね!」
「レンくん、ひゃくとおばんでいいんでしたっけ?」
「誰を捕まえる気っ?」
次々と畳み掛けるようにボケてきて、レンはツッコミを入れるのでいっぱいだった。真斗やトキヤだけでなく、全員使えなかった。
「皆さん、しっかりしてください。こういう時は、まず脈を確認して気道を確保し……」
「事故でもないからねっ?」
「ああ、AEDを」
「心肺蘇生しなくていいから!」
真剣に言うものだから怒るに怒れないが、今は緊急事態。
レンはいちいち叱り飛ばしていた。母は強しと言うべきか、ツッコミもキツイのに妙に冷静だった。
時を経るごとに、苦しみは増す。
バカどもの相手をしているのも辛くなった時、救世主は現れた。
「レン!」
「ば、ろん……」
どうやら騒ぎを聞きつけて駆け付けてくれたらしい。
息を切らしてレンの元に来てくれる旦那様に、胸がときめく。そんな場合でもないのだけれど。
「貴様ら黙れ!」
カミュは慌てふためき五月蝿い連中を、一喝で黙らせた。
そして、スマホで救急車に連絡を入れ、ついでにメンバーにも連絡を入れて仕事を休んでくれた。
「バロン……」
「すぐ来る。もう少しの辛抱だ」
「うん」
正直、もう少しも待っていられるか分からなかった。頭を百トンハンマーで打たれているような感じだったし、意識も朦朧として視界もボヤける。
けれど、大丈夫だと握られた手から気持ちが流れてくるような感じがして、レンは淡く微笑んだ。
やがて、救急車が到着し、レンはカミュと一緒に乗り込んだ。
メンバーも急いで後を追い、病院にはカルテットナイトが先に来ていた。
「レンレン、大丈夫っ?」
「おい、レン、しっかりしろ!」
「レン、頑張って」
「うん、ありがと」
三人からそれぞれ力を貰い、レンは分娩室へ運ばれた。
「待っている。レン」
心配で仕方がないくせに、カミュはそれだけしか言わなかった。
「うん」
レンも、それだけしか返さなかった。
震えながら、それでも手を握っていてくれた。それだけで十分すぎるほどだった。
必ず、帰ってくるから。この子と、二人で。
半日経っても、レンは帰って来なかった。分娩室からレンの声が漏れ聞こえ、生きていることに安堵する。
けれど、それも時間の問題だろう。
もしかしたら、が次々とカミュの思考に入ってくる。振り払い、無事だけを祈った。
余計なことは考えない。
帰って来てくれるなら、もうなんでもいい。
子供と、二人で。
静かな空間で、スターリッシュとカルテットナイトはずっと待っていた。もう一人が帰ってくるのを。
仕事があると言うのに、こんな時に行けるかと蹴っ飛ばして。仕事に支障が出たらどうすると叱り飛ばしても聞く耳を持たない。バカ猫を筆頭に後輩までもが残った。
声が途切れたのは、一日経過してから。
次いで、慌ただしく入れ替わり立ち替わりに人が出入りする。
その時、絶望がすぐ近くまでひたひたと足音を立てて近付いているような気すらした。目眩がしそうで、しかし帰って来るまではと踏ん張る。
正直、今にも倒れてしまいたかった。
「ご家族の方は?」
「私です。妻は」
「もう暫くお待ちください。大丈夫ですから」
「どういう……」
看護婦は慌ただしく中に消えてしまった。
言葉の真意が分かったのは、それから三時間経ってから。レンの声がひっきりなしに聞こえ、祈るような気持ちで手を組んでいた。
カミュは看護婦に呼ばれ、中に通される。
息も荒く、虚ろな表情のレンがまだ生きていることに安堵の息を漏らす。
カミュに気付いたレンが、視線だけを寄越した。
「ごめんね、……バロン」
宛ら、別れのセリフのようで。
カミュは、顔を顰めた。やめろ、言うな。言ったじゃないか、帰って来ると。俺に嘘をついて、一人でいってしまう気か。俺は一人で子育てなぞしないぞ、出来んからな。
「……レン」
心の内では罵詈雑言を浴びせていたというのに、紡げたのはそれだけだった。
レンは、へにゃりと笑った。
「ごめん、帰ってくるの、二人じゃなかった……みたい」
やめてくれ。心が、血の涙を流して叫んだ。
二人で、レンを想って生きるなんて嫌だった。生きろと、無理からぬ願いを言ってしまいたい。
「四人、だった……」
「は?」
しかし、続いたセリフにカミュは涙も引っ込んで目を丸くした。らしくなく、ポカンと間抜け面だった。
「おめでとうございます、三つ子ですよ!」
看護婦が祝いを述べ、レンもえへへ、と笑う。
「は?」
その状況下、カミュは一人状況が掴めず間抜け面を気前よく披露し続けたのである。
     
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