Scarlet
それは、突然に訪れた。
瞬く間に熱は広がり、ぐわっと身体中を覆い尽くす。それだけではなく、思考まで絡み取り、視界は一瞬にして白んだ。
仲間が何かを言っている。遠くなる意識の中で、それだけは分かった。
徐々に熱くなっていく身体。沸騰しそうだ。
苦しい。
練習の辛さの比ではない。息をするだけで熱が上がるような苦しみ。
胸を掻き毟ってもとれない熱が、身体の主導権を支配していった。驚くべき速さで渡り、熱で占められて爆発しかねない。
水着の中では、肉竿が張り詰めていた。バカみたいな硬度とデカさ。今までこんなことはなかった。
一体何が起こっているのか。最早思考能力すら残らない頭では答えに導けなかった。
このまま死ぬのか。
突如原因不明の熱で死亡。試合を目前にしてチンコおっ勃てて?なんて無様な死に様。所詮ポンコツにお似合いの末路。
嗤った。
刹那、熱が急速に高まった。
高熱の中を彷徨っているようでもあり、熱に焼かれて死にそうだった。
アツイアツイアツイアツイアツイ。
そして、渇く。ホシイ。
だが、何を?
それは、すぐ目の前にあった。
頭では何かを理解していなかった。それなのに、一見しただけでそれだと分かった。
衝動に促されるまま犬歯を立てた。甘い香りが鼻腔を擽る。
それが何かを理解する前に、俺は獲物を捕まえて逃げた。誰かにこれを食われないようにするために。俺以外の誰かに食われるなんてごめんだった。早く食いたい。
適当な場所で獲物を下ろし、噛み付く。
甘い匂い。味は肉のよう。
渇きが治まり、同時に増す。
ホシイホシイホシイ。
欲望に任せ、何をしたのか覚えていない。
気付けば、白濁に塗れた見知った男の顔があった。
「たちばな?」
親友がずっと気に留めている男の友人だったはずだ。
それが、何故ここに?
橘は意識を失っているようだった。青臭い臭いが鼻をつく。
それは、顔や身体、身体の中から。
言い逃れが出来ない状況は、自分の下肢が未だ猛り、水着から顔を出していることから悪化した。
俺がやったのか。
しかし、何故。何故、俺が橘を?
俺は肉を食っていたはずで。知り合いを犯すような趣味はないはず。そもそも俺は何故それを忘れている?
「ん、・・・」
橘が意識を取り戻し身動ぎした瞬間、あの甘い香りが鼻先を掠めた。
渇きと熱が再び襲い来る。
俺は、橘を抱えて会場を後にした。











「やだぁあああああっ」
悲鳴で、目が覚めた。否、我に返ったと言うべきか。
そして、愕然とする。
自分が男を組み敷いている事実に。その男が親友の友であることに。
俺は、言葉を失う。
橘の中で、萎えきっている肉竿。赤く擦り切れ、白濁に混じった血が悲壮さを物語っている。
「お、れは・・・」
そう言ったのは、無意識だった。
橘怯えたような視線が、俺を映す。両目いっぱいに涙を溜めて、慈悲という許しを乞うような。
「山崎、くん」
「橘、俺は、何を・・・」
訊かずとも一目瞭然だ。犯したのだ。親友の大事な友を。よりにもよって、親友が。
信じられなかった。信じたくなかった。けれと、事実は残酷にも俺に現実を突きつける。
否、残酷なのは何一つ覚えていない俺自身。
「橘・・・」
「ひいぃっ」
伸ばした手が払われる。怯え、逃げようと後退る。
中に入ったままの肉竿のせいで距離が取れず、逃げられない。それが恐怖心を煽る。
俺は、ただ見ていた。払われた手を、怯え逃げ惑う様を。
唖然と、見ているしかなかった。
しかし、心の奥底からなんともいえない感情が沸き起こる。
今すぐ捕まえて閉じ込めたい。この腕の中から逃がしたくない。俺だけを見つめさせたい。離さないように欲望で繋ぎ止めたい。
それは、形となり、心を形成していく。
「ふっ、逃げんなよ。楽しみはこれからだろ?」
「ひ、や・・・嫌・・・」
逃げようとした手を捕らえる。
そうだ。捕まえてしまえばいい。逃がさなければいい。
その時、俺は完全に欲望にのまれた。










一体、どのくらいの時間が外では経ったのか。知る術もない。
時折誰かが来たような気もした。
正気に返った時には、腕の中で冷たくなった男を抱いていた。
「たち、ばな」
呟いた名前に、以前から含まれなかった感情があった。
死んだのだろうか。ならば、俺が殺したのだろう。
あの時、確かに俺はコイツを逃がしやしないと思った。そうして、組み敷いたのだ。泣き叫び、助けを、赦しを請うコイツを力尽くで押さえつけたのだ。
離してやれば死ぬことなどなかったのだろう。
あるのは、手に入ったという満足感。
それと喪失感。中身を失い、自ら殺してしまった悲しみ。
何故、俺はこんな感情を抱くのだろう。
「たち、ばな」
あの緑色の目が、泣いて助けを求めたのを微かに覚えている。
「たちばな」
垂れ目で、気弱な声が、ここにはいない誰かに助けてと、何度も叫んでいた。
「橘」
俺の心は叫ぶ。
誰か、コイツを助けてくれと。
自分で殺しておきながら、今更になって失ったことに耐えられなくなった。抱き締めた身体は冷たい。ぱたりぱたりと落ちるものの方がきっと温かいに違いない。
「橘」
それは、宛ら許しを請うようで。
「ん・・・」
小さな吐息が漏れた。
気のせいかと、耳をそばだてる。微かな呼吸の音。
稍あって、緑色の目が俺を映した。
「橘!」
しかし、それも一瞬のこと。絶望と恐怖が瞳を染める。
「ひ、うわぁああああっ!」
けれど、離さなかった。
離せばよかったと、何度も後悔したはずなのに。俺は、橘を腕の中に閉じ込めた。
橘は暴れて、なんとかして俺の腕から逃げようともがいた。
だが、逃がさない。逃げて、欲しくない。
「やだやだやだやだぁあああああ!はる、はる、はる!りんんんんんっ!」
呼ばれるのは、親友とその友人。
俺が離れている間に出来た友。
何度も後悔した。俺がいればあんなことはさせなかったと。
でも、俺がいたから、俺がこうした。
「う、え・・・やだ・・・やだよぉ・・・」
伝う涙も、全て閉じ込めた。
その時、俺は自覚した。
もう逃すことも出来なくなっていることに。
「ごめん」
腕の中の存在を、キツく抱き締める。
「傷付けて、ごめん。けどもう逃げて欲しくない。俺のそばにいてくれ」
ワガママを言った。
何をしたかも承知で、それでも欲しかった。
「橘」
縋るような声音に、暴れていた男が動きを止めていたことに気付くまで後少し。
     
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