Silent Love
心が手に入らないのならば、それ以外全てを奪ってしまおうと思った。










情事後の、気怠さに身を包まれていた。
荒い二つの息は、重なった身体で一つに交わるよう。
けれど、心は一つにならないことを知っていた。どれを奪おうとも、心だけはどうしても手に入らない。
もどかしさはとっくに終えた。あるのは、虚無感。だからと言って、手離してやれないエゴ。
次第に、隣から聞こえていた息がゆっくりしたものに変わる。寝息に変わるのに大して時間はかからなかった。
手に入らない虚しさを埋めるために始めた頃は、終わるとすぐさま帰ってしまった。冷めていくベッドの温もりに眠りなくなり、膝を抱えて朝日が出るのを待ったことは一度や二度ではない。
睡眠をまともにとれなくなり、仕事に支障を来してはメンバーに叱り飛ばされた。しかし、この関係をやめることはどうしても出来ず。帰れないように意識を失うまで追い立てるようになった。寝息を立てて、意識を失う姿に安堵して眠るようになったのはほんの僅かの間。
今度は、眠ってしまえば帰ってしまうのではないかと、あの徐々に冷えていくベッドの感覚が蘇って眠れなくなった。今では、睡眠をとれば体調を崩すほど。
目の下の隈はそろそろメイクで隠せなくなってきた。
いよいよメンバーは病院に連れて行こうと勇んでいるが、それを断るのももう面倒になってきた。
どう足掻いても、腕の中にいる最愛の人は、心をくれやしないのだから。
彼を忘れ、募った想いを捨て去る方法を教えてくれるのならなんでもいい。
想い、奪い、手に入らずとも奪うものがあるうちはまだ良かった。
身体、家、絆。
けれど、奪うものがなくなると不安が占める。不安は欲望へと無理矢理に変えてきたがそれも時間の問題で、最早欲望は拒絶反応を示している。身体だけ奪っていっても心がなければ空虚感しか残らない。
そして、虚ろな心は拭えない。
もう離してしまおうか。そうすれば、最愛の人は逃げるだろう。地位も名誉も全て奪ってしまったけれど、今ならまだ戻れる。
そうして奪うのもいいが、もう心はくたくただった。奪って、奪って、奪って。手に入らない現実を叩きつけられて、疲れ果てていた。
もう休みたかった。
何も感じず、想わず、何にも心を動かされたくない。
死ぬ、とかは考えてなかった。ただもう限界だった。
彼を知った時は、単なる後輩でしかなかった。メンバーの後輩で、よく同室者と懐いているのを見かけるだけ。
変わったのは、ユニットを組んでから。
少しずつ、時間が重なり、彼を知るようになって。心が傾いていった。
しかし、彼の恋は別な方を向いていた。
所詮叶わぬ恋と諦めかけた矢先、想い人の心が彼を向いていないことを知った。ひたむきに想いを注ぐ彼に、恋は略奪者へと姿を変えた。
忘れさせてやると強引に抱き、それから幾度も抱いた。
彼から、忘れられないとねだられたこともある。時には、抱かせろと抗う身体を組み敷いた。
それでも、己の恋は忘れられず。想いは深まり、ひたむきな愛情に、募り行く。
それも、もう終わり。
「レン」
応えのない呼びかけに、虚しさは募る。欲望は息を潜めた。
髪を梳くと、オレンジ色がさらさらと手の中から流れ落ちた。宛ら、残り時間を落とす砂時計。
「愛している」
起きている彼に言わないのは、最後の砦。
きっと、伝えてしまえば、彼の意志も関係なく閉じ込めてしまう。ひたむきな想いを、略奪という欲望で汚してしまう。
「……だから……」

だから、愛してくれ。
その一言だけは、どうしても言えない。仮令、眠りの淵にいる彼へも。
「レン」
そっと口付けた髪からは、彼の香りが消えていた。彼が好んでつけた香水の香りが消え、彼への想いも消えたように錯覚させようとした。
それすらも叶わず、締め付けられる胸を掻き毟る。
「レン」
「バロン……?」
微睡みの中、彼が目を擦る。
起こしてしまったかと布団をかけてやろうと手を伸ばし、彼の手に止められる。
「レン?」
彼を見つめると、へにゃりとこちらを見ていた。
初めて見る顔―――怒りも、笑顔でも、哀しみでもない。
「あのね、バロン。オレ、バロンのことが好きだよ」
唐突な告白に、思わず目を瞠る。
だが、所詮その程度のものだろうと諦めて頷いた。
「そうか」
「違うよ、バロン。違う。バロンが思ってるようなものじゃないよ」
「レン?」
違うと、懸命に首を振る彼を改めて見据えた。
ねぼけているわけではないようだ。
視線を逸らさず、じっと見つめる両の瞳が向けられていた。
「オレが今好きなのは七海春歌っていうレディじゃなくて、カミュっていうバロンだよ」
「れ、ん……」
思わぬ告白に、瞬間、頭が真っ白になる。
レンの手が、するりと頬に伸びる。そろりと撫ぜる手は優しく温かい。
「そんな顔して、オレを好きって言ってくれる人を好きにならないわけがないよ」
嘘だ。
心が、即座に否定する。
彼の心はここになくて、彼女が持っていて、だからそれ以外を全て奪うしかなくて。
だから、
「バロン」
だから、
「ねえ、オレを好きってちゃんと言って」
だから、
「バロンの口から聞きたいな」
だから、
「ねえ、バロン」
「っ、レン……ッ」
でも、本当は―――否定出来なかった。
「愛している……レン。愛している……」
「ふふ。オレが欲しかったセリフと違うよ」
レンの手が、首に絡む。
ふわりと、レンの香りが鼻先に香る。
「でも、嬉しい」
「レン……っ、レン、レン、レン!」
抱き締めた身体は、驚くほど温かくて。これが夢ではないのだと教えてくれた。
「オレも、愛しているよ。バロン」
奪うのではなく、俺にくれた心を否定出来るはずもない。
一番欲しかったものを、どうして否定できようか。
     
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