The sad memory return only their sleep world
死んだように眠りにつく、綺麗な顔。
昼日中、天気も良く、雲一つない澄み渡った青空から太陽が射し込む。カーテンの隙間から覗いた太陽の光を浴びながら心地好さそうに眠りにつく。まるで、光合成をしているみたいだ。
「そんなところで寝てたら、身体を壊すよ」
眠りの淵にいる白い面差しに、声は届かない。
溜息を残し、カップをテーブルに置いた。
窓を閉めることはせず、日除け代わりに日傘を差してパラソルにした。これなら体調を崩すこともないだろう。
気持ちよさそうに眠っているから起こしたくなかった。
ふわふわと風に乗る髪はすっかり背中まで伸びて、切ろうかと言うのに首を縦に振ってくれることはない。なんとなく嘗ての彼に愛着があるのか、多分、それが彼を教えてくれる手がかりなのかもしれない。自分で髪を洗うこともままならないのに。
髪を洗うのも、身体を洗うのも彼ではない。髪を洗ってやり、梳り、風邪をひかないように乾かしてやるのは自分の役目。痒いところがないように身体を洗ってやり、顔も洗い、丹念にケアをするのも自分の役目。
それは、もうそれすらもままならない彼のため。
「レンレン」
長く芸能界に身を置き、同じくらい長い時を共に過ごした。
先輩後輩として、仲間として、恋人として、生涯を共にする伴侶として。
事務所も仲間も簡単には認めてくれなかったけれど、彼がそばにいればそれで良かったし、むしろ周りの同意を必要としてなかったのは自分かもしれない。
くつり、と一笑する。
彼は、臆病だった。
幼い頃から母親を知らずに育ち、自分のせいで母親を失ったと父親に呵責されて育った。親の愛情を受けられず、兄を寄る辺としてこなかったため肉親の情が薄い。本心では自分の存在を認めて欲しくて泣いていた。
ライバルという一つ年下の少年が、認められているのに敢えて道を変えることに酷く苛立ち、敵愾心を抱いたこともある。それも自分を認めて欲しいという感情のため。
芸能界に身を置いてからは大分変わったように思われた。が、自分との交際が認められないとなると途端に臆病心は復活し、木陰で泣いてはビクビクと身を竦めて。そんな姿を見られたくないのか人一倍気丈に振る舞うものだから余計に痛ましかった。
恋人であるはずなのに同じ痛みを共有出来ず、ぶつかり合うことが絶えなかった。何度も別れ、その度に戻ってきた。
お互いではないと、生きている意味すらなかった。
「レン」
多分、似ているのだと思う。
肉親の情はあったが、幼い頃より芸能界に身を置き、不遇の時代を送った。子役としても、成長してからもパッとせず、認めてと叫ぶのに、自分を見てとアピールするのに足りないと言われた。その度に傷付いては、足りないと言われた自分がまるで欠陥品でダメな子のようで。
だから、認められないと言われて苦しんだ。
けれど、手だけは離したくなかった。
彼だけだったから。自分を好きだと認めてくれたのは、彼だけだったから。どうしても離せなかった。自分と道を歩けば苦しませるというのに、離してやれなかった。傷付き木陰で泣く彼を迎えに行った。来ないでと言われても、側にいた。
「愛しているよ」
状況が変わったのは、彼が芸能界から引退した時。
まだまだこれから、という時だった。ファッションショーなどの仕事も多く入り、ソロもグループ活動も波に乗っていた。
そんな折、彼は二度と一人では歩けない身体となった。
それは、仕方のないことだったと言えばそこまでかもしれない。けれど、彼が芸能界で光を浴び、彼自身が放つ光を知る身として、仕方ないだけで済ませるにはあまりにも惜しかった。それほど彼の才能は抜きん出ていた。
ライブパフォーマンス中。彼は、ゴンドラから落ちた。柵が脆くなっていた。運悪く、足から落ち、合わせて彼の顔の真上に柵が落ちた。
下半身は二度と動かない。そして、二度と光を映せなくなり、顔にも大怪我を負った。今もその痕は残っている。
目に走った傷痕に触れる。
自分のゴンドラと離れており、慌てて手を伸ばしたメンバーの手を擦り抜けていく様をスローモーションの中で見ているしかなかった。
彼がステージに立つことはもうない。彼の誇り高い心根が、踊れもしない自身がステージに立つことを許しはしない。
「ふふ、そんなに見つめたらヤケドしちゃうよ」
「起きてたの?人が悪いなぁ」
くすくすと、突然笑い出した彼に以前の面影はない。
一人で歩けもしない身体は痩せ細り、肢体から筋肉は失われた。
「今日は天気がいいから散歩でもしようか」
「それはいいね。でも、夜の月明かりも捨てがたいな」
「じゃあ、ディナーをとって、のんびりしたらちょうどいいね」
「ふふ。楽しみだな」
飄々とした口調も、変わらない。
けれど、彼は二度と自分を見ることはないし、歩くことも出来ない。
彼が表舞台から去ったことで、芸能界を辞めた。
彼には側で支えることが必要だったし、もう以前ほど芸能界に魅力は感じなかった。寧ろ、あの時彼がいない世界に連れ去られていたかもしれないことを考えると、彼と一緒にいたかった。
今でも、彼の姿を視界に入れていないと不安になる。彼は、もう乗り越えて独り立ちしようとしているのに、邪魔をするように追い縋る。
置いて行かないで―――いかないで。
彼は、それすらもまるっと受け入れて、一緒に歩いてくれる。もう歩けない足で、一緒に。
優しい彼と、一緒に歩く時間が、辛いけど大好きだった。
「そういえば、ランラン達が明日来るって言ってたよ」
「ホント?ランちゃんが?嬉しいな。楽しみだ」
「ミューちゃんと、アイアイも来るって。それと……それと、……それとね」
言葉が詰まる。
なんでだろう。
分からない。
分からない。
それなのに、彼は分かったみたいに笑っていた。
「うん、それと?」
「それ、と、おとやんと、トッキーと、……っ、ひじりんと」
「うん」
「なっつんと、しょうたんと、セッシーと……っ」
「うん」
「……レンッ」
胸からこみ上げる何かが苦しい。
細くなってしまった身体を抱き締めると、それでも優しく笑っていた。
彼には不似合いだったはずの、優しい笑顔。
不敵で、飄々とした彼から懸け離れていたはずのそれは、すっかり板に付いていた。
「レン……レン……レン……」
幼子のように名前を呼ぶ。その度に、うん、って返してくれる。
悲しいのは、変わってしまうこと。変わらないと思えたことを思い出してしまうこと。
板につくほど慣れた笑顔。
何度もさせてしまった表情。
あの時側にいればと、何度も思い、夢に見る。飛び起きては、傍らで眠る彼を抱き締め起こした。
「ブッキー、大丈夫だよ。ね。大丈夫」
「……っ、うん」
全然大丈夫なんかじゃない。彼が、大丈夫じゃない。それなのに、慰められている。
「そうだ。お昼寝しちゃおっか。たまには、こんなポカポカの下で眠るのもいいよ。ね、一緒に寝よう?」
「うん」
それでも離さず、キツく抱き締めた。
「大丈夫。大丈夫だよ」
そうして、彼と一緒に眠った。手を繋いで、寄り添って。隣り合う彼の体温を感じながら、また今日もステージに立つ彼の夢を見る。
     
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