ナマエと、ダイスキなヒトと、ヨルの約束
「なんで名前で呼ばないんだ?」
そういえば、と前置きして、投げ掛けられた質問にカミュは一瞥をくれた。
今日は、カルテットナイトで歌番組の収録だった。最近、グループ活動も多くなり、合わせてテレビ出演も増えた。それもあの作曲家の書く曲と、自分達の書く詞が上手くいっているからだと自負している。
寿嶺二は長いこと燻っており、ソロ活動も行っていたが、取り立てて目立つこともなく。いつも底辺をうろついていた。しかし、あの作曲家の曲を歌うようになってから驚くほどその魅力が引き出されている。
黒崎蘭丸も同じく。ロックと彼女の書く曲が何故かいい意味で裏切られたようだ。
美風藍はその天使のような歌声に、彼女の曲が合うことは一目瞭然。
そして、カミュもまた彼女のお陰でアイドルとして第一線を走ることが出来ている。彼女の書く曲は、カミュの冷徹なイメージとはかけ離れていたが、予想を大きく上回って素晴らしい曲が次々と生み出された。
カミュもだが、カルテットナイトは彼女なしでは生きて行けない。彼女がいなければ、彼らはソロでもグループでも。アイドルとして燻ったままでこんな世界なんて見れなかったことだろう。
それは、彼らの後輩アイドルスターリッシュとて同じ。彼らのデビューがあそこまで華々しく輝けたのは彼女の力があってこそだろう。
そうして、仕事が順調に増え、公私共々充実した時。
カルテットナイトは、楽屋で収録を待っており、各々自由に時間を過ごしていた。
そんな時、ふと、黒崎蘭丸が思い出したように口を開いた。
「名前だと?」
カミュは、紅茶の入ったティーカップを置いて黒崎蘭丸に視線を移す。その手には菓子と最愛の恋人が表紙を飾るファッション雑誌が握られていた。
「レンのこと。お前普段名前で呼ばねぇけど、なんで呼ばねぇの?」
このタンポポは鋭いところを突く。タンポポのくせに、とカミュは内心感心した。
黒崎蘭丸は、カミュの最愛の恋人である神宮寺レンがマスターコースの時に先輩アイドルとして同室だった縁から、他の後輩よりも目をかけている節がある。その上、もう一人の後輩聖川真斗にも慕われているというのに、何処か放って置けないところのある神宮寺レンをより可愛がっている気がする。恋人の欲目か、と思わないでもないが、違うとしても気にくわない。
アレを甘やかすのは自分だけでいい。
アレが呼ぶのは自分だけでいい。
アレが頼るのは自分だけでいい。
だけど、アレは甘えないし、甘えられなくて、けど甘えたくてうじうじもだもだしてじっと見てくる。何かあった時に一番に呼ばれるのは、カミュではない。加えて、頼られることも最近ではあまりなくなった。
恋人だからこそ、と言われればそこまでだ。しかし、カミュは神宮寺レンをただの恋人に据え置くつもりはない。生涯を共にするパートナーなのだ。よって、捨てられたくないだのくだらない思考は早々に捨てさせたいのである。
カミュは、ティーカップをとり、一口飲んだ。上品な香りが口いっぱいに広がり、甘みを引き出す。
「ふっ、この愚民が」
「あ?」
カミュは、冷笑した。
何故、だと?
「貴様、アレを普段名前で呼んでるな」
「あ、ああ」
「アレはどうだ?」
「どうって……別に」
「だろうな」
くつくつと噴き出し始めたカミュに、聡い美風藍は気付いただろう。寿嶺二は首を傾げている。恐らくは、黒崎蘭丸も分かっていない。
ああ、本当に可愛い。
ゴキゲンにさせてくれた礼に、教えてやってもいいくらいには思えた。
「アレは名前を呼ぶと、それはそれは可愛く啼く」
「…………は?」
「だが、アレのことだ。慣れてしまってはつまらないだろう?」
情事の最中、名前を呼ぶと潤んで蕩けた瞳で見つめて、可愛い声でカミュを呼ぶのだ。「バロン」と、必死に、助けて、と。
しかし、神宮寺レンのことだ。普段から呼んでしまってはそのうち慣れてしまい、情事の最中に呼んでも可愛い姿を見せてくれなくなるだろう。普段から可愛いのだが、どうせなら可愛いところは残しておきたい。いつか慣れてしまうのだとしても、まだ今でなくともいいはず。
「と、いうことだ―――レン」
カミュは、読んでいた雑誌をぱたりとテーブルに置いた。
スマホの画面越しから、さっと青ざめた顔が眼に浮かぶようだ。
「黒崎を使うとはいい度胸だが、直接訊かなかった貴様が悪い。今夜は覚悟しておけよ」
黒崎蘭丸のスマホを奪い、通話を切る。返事は必要ない。カミュがやると言ったのだから。
黒崎蘭丸は、あんぐりと馬鹿面をさらしていた。カミュがスマホを投げて返すと、慌ててキャッチする。
「おまえ気付いてたのかよ」
「当然だ。貴様にあんなこと思い浮かぶわけがないからな」
大方、その直前までスマホを触っていたから、神宮寺レンに頼まれたのだろう。アレもよく分かっている。可愛い後輩の頼みを無碍にできない黒崎蘭丸の性格を。
しかし、そこはカミュが数倍上手だった。
今頃、わざととびきり甘い声音で呼ばれた名前に悶々としていることだろう。今日の情事を一人期待して。
「泣き顔を少しでも他の奴らに見せたら・・・分かっているだろうな、レン」
ここにはいない最愛の恋人を思い浮かべ、猛る自身を律しながら笑った。
「おいおい、レンはアレの何処が良いんだ?」
「レンレンも大概見る目ないよね、ランちゃんといい」
「おいどういうことだ嶺二テメエ」
「ていうか、ここ、楽屋なんだけど」
なんて会話が繰り広げられている横で、カミュは艶めかしく笑った。
同時刻、
「や、ヤバい……」
予想通り、甘たるい声音で名前を呼ばれ、むくむくと疼いてしまった下半身に泣きそうになる神宮寺レンの姿があったとか。
「レン、さっさとしてください!行きますよ!」
「イッチー、ごめん、ちょっとトイレ」
「はぁ?今更何言っているんですかふざけないでください。さあ、行きますよ!」
「あ、ちょ、まっ…………」
「……」
「……」
「い、イッテラッシャイ」
「だ、だから言ったのにイッチーのバカァアアッ!」
全力で目を逸らされ、神宮寺レンはトイレへと泣きながら駆け込んだ。
「あれー?レンは?」
「や、ヤボヨウデス」
「野暮用?」
神宮寺レン、お仕置き決定。
     
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