要は、隆生と共に寺へと戻った。
「ぐぉらぁああああ要このクソガキャアアアアアアア!」
「ゲッ」
寺では、住職が今か今かと待ち構えていた。
要を目敏く見つけると、杖をぶんぶん振り回して走ってきた。とても老い先短いジジイとは思えない走りだった。
このジジイを怒らせるとろくなことがない。要は一目散に逃げた。が、すぐに追い付かれた。
「ぐおりゃあ!こんのクソガキャア、よくも逃げおったな、大人しく観念せい!」
「あだあっ!ちょ、それ、絶対使い方間違ってるって!」
「生意気な!わしのもんなんじゃから使い方は勝手じゃ!ほれ、頭出せい!」
ジジイは要の金色の髪を毟り取る勢いで引っ掴み、歩行杖でべこべこ容赦なく殴り倒した。 このジジイを怒らせると、いつもいつも暴力に打って出る。
だから逃げたのに!
「ちょ、隆生さん助けてよ!」
「ちょうどいいんじゃない?悪いことをしたらお仕置きが必要だよ」
「そんなぁ」
隆生はどうやら助けてくれる気はないらしく、べこぼこ叩かれる要を愉快そうに見ていた。当事者の一人のはずなのに、とんだ傍観者気取りだ。
ジジイはそれみたことか、と隆生のゴーサインが出ると、要の耳を引っ張った。
「こんのあかんたれめが!わしがちょーっと目を離した隙に死のうとする母親がいるか!娘がぴいぴい泣かんかったら、おんどれ今頃わしが冥土まで迎えに行ってやったぞ!」
「いや、アンタは追い返されるって」
「あぁん?なんか言いおったか?」
「あだだだだだ!す、すみませんでしたぁっ」
なんて暴力ジジイだ。傷心中の健気な若者を捕まえて、べこぼこ殴って。サンドバッグじゃあるまいしストレス解消ならよそでやれ。
と言ってやりたいのは山々だったが、いかんせん要はジジイに勝てた試しがないので心の中だけにしておく。
「なんか言ったか?」
「イエナニモ」
このジジイ、ジジイのくせにすげぇ地獄耳だ。
「よーし、来い!わしがありがたい説法を聞かせてやるわ!」
「いぃやぁああああ!りゅ、隆生さん!助けて!」
「いってらっしゃい、かなめ」
「隆生さんっ?」
頼みの綱の隆生にも見捨てられ、要はズルズルと引きずられた。持ち手は耳だ。
「ああああすみませんごめんなさいもうしませんから許してぇええええ」
「いーや。お前みたいな若造には一度キツイ灸を据えてやらにゃあかん!」
「もう一度どころじゃないですから!」
「一度で分からんからだろ、このバカタレ!」
「あだぁ!」
べこっ、と杖で殴られた。
ぽかっ、とか可愛いものじゃない。頭が凹んでるんじゃないかというくらい容赦ない一撃だ。そろそろバカになってもおかしくない。
「ん?」
突如、要の裾を引っ張る力に止められる。
ジジイと二人揃って見ると、そこには小さな手があった。力強く、要を引き止める手。
あの時、置いて行った娘だ。
娘は、俯いて、それでも手だけはがっしりと掴んで離さなかった。よく見ると、手は震えており、ぽたりぽたりと滴が落ちていく。
要は、初めて娘を見た。
生まれてから一度もまともに顔も見てない、見ていても隆生を見ているようだった娘。腹にいる時から、一緒にいることが辛くて何度も殺そうとした。産まれてからも、一度も顧みることなく、置いて行こうとした。
ただの一度も親に顧みられることのなかった娘。
それでも、娘の親は要だった。
どれだけジジイが世話しようが面倒を見ようが、娘の親は要だ。心の隙間は埋められない。
何度置いて行かれても、ずっと追いかけてくれた手を、要はそっととった。瞬間、大袈裟なほど震える。
丸い小さな目が、要を映した。まるで、死刑宣告を受けるように。
「ただいま」
娘の目が、大きく瞠られた。
要は、まともに抱いたこともない小さな身体を抱いた。
生まれた時は重かったのか、軽かったのか。それすらも覚えていない。いつも要は隆生と残したしがらみのことでいっぱいで、寧ろ娘なんていない方がいいとさえ思っていた。
少しだけ覚えている娘は、腕の中にすっぽりとおさまって小さかった気がする。それが今や母親を引き止めるくらい、踏ん張る足を持つほど大きくなっていた。
初めて、要は後悔した。娘の成長をしっかり見ておかなかったことを。ずっとそばにいながら一度も目をくれてやらなかったことを。
「待たせて、ごめんね」
「う、っええええええええ」
娘は、火がついたように泣いた。
待って。置いて行かないで。引き止めた時よりも、大音声で、涙も声も枯らすくらいに。
「ちぃっ、ありがたい説法よりも効き目抜群じゃわい」
「ホント……痛いね」
胸を痛める資格もないけれど、と要は苦笑いした。
「師匠の説法より効き目抜群ってすごいですね。今度、うちでもやろうかな」
「このバカちんが。揃いも揃ってバカか!効くのは、コイツにだけじゃ」
「それもそうですね。じゃあ、かなめが悪さした時に」
「おお、使ったれ。そうじゃ、このわし特注のステキステッキくんをやろうか?これで叩けばどんなに抜けた頭も完治するぞ」
「ありがとうございます。いただきます」
なんて会話が交わされているのを、要はしっかり聞いていた。
「あー……暴力は遠慮したいかな」
「それはかなめ次第だね」
笑顔なのに、ブリザードが吹き荒れていた。
要は凍り付き、娘をキツく抱き締めた。
こっちの説法ひとつでお願いします!
     
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