アナタしか見えなくて黙ってられない!
「はぁ……」
神宮寺レンは、物憂げに溜息をついた。
「レンレンどうしたのー?」
寿嶺二が、横からひょこっと顔を覗く。
神宮寺レンは、カルテットナイトの楽屋に遊びに来ていた。スターリッシュは別の番組の収録で同じテレビ局にいたのだが、早く終わったので別なスタジオで収録していたカルテットナイトが休憩中というのでお邪魔している。
カルテットナイトはもう慣れたもので、丁度黒崎蘭丸が席を外していたが快く迎え入れてくれた。
「レンが溜息なんて珍しいね」
早速神宮寺レンの溜息を分析し始めた美風藍は不躾に観察してくる。本人は悪気がなく、純粋な興味しかない。
「神宮寺、溜息ならよそでやれ」
一度ユニットも組んだことのあるカミュは冷たく突き放した。が、気にはなっているのか、頁をめくる手は止まっている。
「はぁ……」
神宮寺レンは、もう一度溜息を零した。
「……レンレン、どったのー?」
珍しくも寿嶺二は心配げだ。あのフェミニスト神宮寺レンが人前で溜息をつくなんて。しかも二度も。珍しいなんてものじゃない。
(これはランちゃんが知ったら怒るかもなぁー)
ここにはいないメンバーを思い浮かべ、頭を悩ませる。
こと神宮寺レンに関しては溺愛の一言に尽きる、年下のメンバーは男らしさに定評がある。ファンも男女同じくらいにおり、その姿勢に応援し勇気付けられる者は少なくない。
が、このフェミニストな恋人に関しては色々やらかしてくれる。つい先日は、堂々と公衆の面前でイチャついて付き合っていることをバラしてくれた。一時期、カルテットナイトとスターリッシュはマスコミの格好の餌食になり、テレビ出演も控えなければならなかったほどである。
しかも、付き合ってることをバラしてからは、臆面もなくイチャついてくれるのでたまったもんじゃない。誰が身内のイチャつきをみたいのだ。周りの視線も痛かったし、見ている方も疲れて疲弊した。
そんな二人は今正に絶頂期のはずで、何の憂いもないーーーはずである。
しかし、現に神宮寺レンはらしくもなく何度も溜息を零し、憂鬱な面差しだった。
一度ユニットを組んでからは何かと神宮寺レンを可愛がっているカミュだけでなく、美風藍も珍しい神宮寺レンの様子にそわそわとしている。ちらちらとこちらを見て、早くなんとかしろと言ってくるのはやめてほしい。そんなに気になるなら自分で聞けばいいのに。
だが、寿嶺二は人一倍野次馬根性が強かったので、好奇心に負けた。
「レンレン、何かあったの?」
真剣な面持ちで、神宮寺レンに問いかける。
神宮寺レンは、一瞥して、息をついた。
「ううん。別に、なんでもないけど」
「けど?」
大したことではない、という感じではない。
これはもしや喧嘩でもしたのか。いやでも黒崎蘭丸にはそんなかんじは見受けられなかった。
(まさか……浮気っ?)
ふと浮かんだ考えに、寿嶺二は蒼然となる。
ラブラブで、周りが砂を吐きそうなほどな二人だが、相手はあのフェミニスト神宮寺レン。元々女を口説くことに関しては右に出る者がいない、と言うほどで。いつその心が移ろってもおかしくはないのだ。
寿嶺二は、ぐわしっと神宮寺レンの肩を掴んだ。顔が強張っているのは仕方ない。
「れ、レンレン!だめだよ、浮気は!」
「へ?」
「浮気!ダメ!絶対!」
ガクガクと揺さ振り、考え直してと縋り付く。
みっともないと言われようが知ったことじゃない。あの黒崎蘭丸が怒り狂って何をしでかすか分かったもんじゃない。人一人くらいやりかねない。
「お願いだよぉ、レンレンとどまってぇえええ」
「い、いや。ぶ、ぶっき?なんのこと?」
「へ?」
「浮気なんてしないよ?」
きょとん、と目を丸くする神宮寺レンに、寿嶺二も同じ反応を返した。
「なら、どうして溜息なんて」
寿嶺二の問いに、神宮寺レンはああ、と納得した。
「違うよ。ランちゃんのことで」
「ハッ、まさかランランが浮気」
「違う違う」
神宮寺レンは苦笑した。よもや自分が悩んでいる間にそんなぶっ飛んだことになっていようとは。おちおち溜息もつけない。
だが、寿嶺二の考えはいたってまともで、耳をそばだてていた美風藍やカミュはほうっと安心する。実は寿嶺二と全く同じことを考えていたが、取り越し苦労ですみそうだ。
しかし、その後に続いたセリフに三人は驚くことになる。
「ランちゃん可愛いから、どうしようって思って」
「…………うん?」
たっぷり間を空けて、寿嶺二は言った。
美風藍やカミュも、目を点にしている。
そんなことなど露知らず、神宮寺レンはなおも続ける。
「最近ランちゃん可愛くなってきたからさ、ファンとか増えそうだろ?そしたら、オレのランちゃんなのに好きな人増えたらやだなぁって思って」
この時、珍しくもカルテットナイトの意見は一致した。
(惚気かよ!)
心配して損した。
あの黒崎蘭丸が可愛い?ない。ないないない。絶対有り得ない。ただのロックバカだ。肉バカ。ストイックだの男らしいだの言われているが、ロックロックうるさいただの語彙力少ないバカだ。
だが、神宮寺レンの目は本気だった。ほう、と溜息をつく様は恋に悩む少女で。
カルテットナイトは、ぴしゃん、と固まった。
「お、レン。来てたのか」
その時、黒崎蘭丸が楽屋に帰ってきた。
途端、神宮寺レンは目を輝かせてパタパタと駆駆け寄った。恥じらいもなく抱きつく。
「おかえり、ランちゃん!」
「ただいま、レン」
紡がれたセリフの甘たるさに、カルテットナイトは砂糖を吐きそうになった。甘いものには目がないあのカミュでさえ、土気色になっている。
尻尾をぶんぶん振って出迎えた神宮寺レンの頭を、黒崎蘭丸はよしよしと撫でる。
(あっまーぁいっ!)
これが所謂巻き込み事故というやつか。とんでもない現場に居合わせてしまったことに心から後悔した。もし時間が巻き戻せるなら裸足で逃げ出している。
メンバーのラブシーンなんて見たくなかった。と、三人は卒倒しかけた。腐ってもアイドル、すんでで耐える。
「収録は終わったのか?」
「うん。ランちゃんは?」
「わりぃな、まだかかる」
「そっか……」
しよんぼりと落ち込んだ神宮寺レンの額に、キスが一つ降る。
「待ってろ。終わったら、デートしようぜ」
「うんっ」
ぱあっと、綻んだ顔に、またキスが一つ。
この間、カルテットナイトは意識を飛ばしていた。気持ちは今すぐ帰りたい。
「ランちゃん」
神宮寺レンは、唇を差し出した。閉じられた目からは期待が見える。
恋人の可愛いおねだりに、黒崎蘭丸は唇で応えた。
「すぐ終わらせる」
「うん」
まるで今生の別れのように、イチャつきだす恋人達。
一方、カルテットナイトは口から魂が昇天しかけていた。
(し、死ぬ)
致死量の糖分を摂取して死にかけたカルテットナイトは、これからも度々同じように目に合うことになるとは、この時予想だにしなかった。
この後暫くカルテットナイトは甘いものを見るだけでも嫌になる。寿嶺二は甘いものを見ただけで泣き出し、美風藍は視界に入れることも厭い、あの糖分伯爵カミュでさえも甘いものを摂取することなく目に入っただけで顔を顰めるようになったという。
そして、スターリッシュが同じ目に合う日はそう遠くない。
     
return
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -